書評

2026年6月号掲載

今月の新潮文庫

この筆の冴えを見よ

有吉佐和子『役者廃業・三婆』

内藤麻里子

対象書籍名:『役者廃業・三婆』
対象著者:有吉佐和子
対象書籍ISBN:978-4-10-113224-2

 芸道小説あり、社会派小説あり、語り芸を披露し、女性の老いや性癖もたっぷり見せてくれる緩急のついた七編の短編が収録されている。短編だからこそ、作家の多彩なわざがよけい際立って感じられる。ことに、女性を主人公にした作品の容赦ない筆の味わいは格別だ。
『役者廃業・三婆』は、昭和52(1977)年に刊行された新潮文庫『三婆』の新装改題版である。『青い壺』がリバイバルヒットして注目される有吉佐和子の、より一層こくのある作品が並ぶ。収録作はいずれも昭和30年代に発表された作品だが、今なお変わらない人間の本性を、いやというほど味わわせてくれる。
「有吉さん、あなた小説を書いていなさるんですってねえ。ちっとも知りませんでしたよ」という語りで一気に物語に引き込む「役者廃業」が、幕開けの一本だ。場末の鮨屋の主人が語る歌舞伎の「芸格」をめぐる物語を、悠然たる筆致で紡ぎ出す。演劇評論を志したこともあるという有吉だけに、背景となる歌舞伎界の描写はなにげないのに隙がない。若者の純を踏みにじる大物役者や、待たせた女の仕打ちに、恐ろしいほど率直な芸の世界を見せられた気がする。
 一転して二作目の「水と宝石」は、豪奢な生活をする六十歳の未亡人、政代が登場し、老いを残酷なまでに描き出す。対比させる同居する姪の描写ときたら、真夏前で処理できていない腋毛や、食欲などから若さが匂い立つ。一方で政代の化粧手順や、熱帯魚になぞらえる昔の男たちの思い出は面白いのだがどこか寂しい。そして大事な宝石にまつわる騒動が起き、政代の焦燥が最高潮に達したその時、それでも老いに気を留める姿が滑稽だ。
 三作目の「王台」という題名が意味するのは、女王蜂を育てる部屋のこと。独自の色彩感覚、美意識を持った、屈折しているけれどある意味繊細さを秘めていた少女が、毒々しく変貌していく姿を描く。その書きっぷりは濃厚の一言。彼女の行く立てや変わっていく訳を、理を尽くして逐一述べていく。養蜂業者になった昔の男の感慨を絡めて、どこまでも手を緩めない執拗な描写に息苦しさすら感じるが、ページを繰る手が止まらない。
 四作目「なま酔い」は、社会派小説だ。新人サラリーマンが戦後十四年の8月6日、原爆の日に出張した広島で、はからずも地元の人たちの話を聞くことになる。復員後に原爆被害を見たタクシー運転手と、二次放射能の被害を受けた酔客の話を通して、事後の目撃者と当事者の心の傷の違いを鮮明に浮かび上がらせる。世界の核武装が進んでいた執筆当時、なお続く被爆者の苦しみを短編にしたのだ。戦争が各地で起きている現在、見逃せない一編だ。
 続く二作はいずれも舞台化された。五作目となる「三婆」はテレビドラマ、映画にもなった人気作だ。戦前、金融業で財を成した男が、金に飽かせて茶室と庭がいくつも並ぶ“庭”を造った。戦後、男が没し、本妻が相続したが、妾と小姑も押しかけてそれぞれ茶室の一つに住み着いてしまう。万事ぼんやりした本妻に、ちゃきちゃきした妾、とにかく暗く冷たい小姑。他の茶室の間借り人を巻き込んだ三人の人間模様は、得も言われぬ面白さ。そして終幕、さらに年を経た三人の姿はホラーかと思うほど怖い。
 六作目「亀遊の死」は、「ふるあめりかに袖は濡らさじ」の題名で舞台化された。有吉自身が戯曲化したという。横浜の遊郭・岩亀楼の華魁・亀遊が、異人に身請けされる直前に自死した経緯を、内芸者が語るのだが、この語り手を、坂東玉三郎はじめ名優たちが演じている。やがて、異人を嫌った覚悟の自死として、攘夷を象徴するヒロインに祭り上げられた遊女の本当の姿が見えてくる。一人の女の哀れな生涯と、偶像化する思惑の不穏さが詰まっている。
 最終話の「うるし」は、能登は輪島塗の親方が経験した色恋の顚末がつづられる。かつての隆盛と戦後の凋落の中で漆器を紹介する蘊蓄に興味をそそられながら読み進むと、いつの間にか遊び上手な親方による、金沢の花柳界の話が始まる。遊び方や、しきたりに江戸小唄。そこに漆が絡んだ色恋は、乙でほどのよい酩酊感を漂わせる。
 人々を解像度高く見つめる視線、底に潜む問題意識、歌舞伎に伝統工芸、花柳界、日本文化の知見を縦横に使って、時に鋭く、時に悠揚と物語に仕立て上げる有吉佐和子の腕が存分に発揮された一冊である。

(ないとう・まりこ 文芸ジャーナリスト)

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