インタビュー

2013年4月号掲載

『アニバーサリー』刊行記念特集 インタビュー

彼女が望んだ記念日ではなく

窪美澄

対象書籍名:『アニバーサリー』
対象著者:窪美澄
対象書籍ISBN:978-4-10-139143-4

――今号の表紙に窪さんが記されたのは、二年前の東日本大震災が発生した日時ですね。

 私はこの日一人で、自宅で仕事をしていました。ちょうど官能小説の依頼を頂いて、最初の濡れ場を書き終えた瞬間に大きな揺れを感じました。本棚から音を立てて本が落ちてきて、机の下にもぐったんですけれどその机も揺れている。「ああ、とうとう来たんだな」と思いました。

 小さい頃から、いつか自分の住むこの世界は終わると思っていたんです。私は一九六五年生まれで、物心ついたときには冷戦もまだ続いていましたし、「一九九九年に地球が終わる」というノストラダムスの大予言などもそこらじゅうで語られていました。でも、実際には二〇〇〇年になっても二〇一〇年になっても地球は終わらない。終わらない日常をずっと生きないといけない、と思っていたところにこの地震が起こり、あっ、これが終わりなのかもと思いました。

 この小説を書きませんかと言われたのはその三ヶ月ほど後でした。実はその時も「どうせ日本も終わりだろう」とうっすら思っていたのでとても軽い気持ちでお引き受けしたんですけれど、実際には全然終わりませんでしたね(笑)。週刊誌に掲載されるならば、現実の社会に近い、読む人の日常とリンクする作品を書きたいと考えて書き始めたのですが、連載という書き方自体が初めてだったこともあって、とても大変でした。当時の日記を読み返すと「頭が痛い」「体がつらい」と、体調のことばかり記しています。

――本書には昭和一〇年生まれの晶子と五五年生まれの真菜、二人の主人公が登場します。二〇一一年の震災の日に強く結ばれた二人の人生を、幼いころに遡り丹念に追うことで、戦前から現在までの日本の姿が少しずつ浮き彫りになっていきます。

 三月一一日の地震のあと、物資不足や電力事情などもあって、多くの人が自分の生活を「これでよかったのかな」と振り返り始めたように思います。私自身も、戦前からの日本の姿を追うことでこの小説に縦糸を通したいと思いました。また、いつか女の一代記を書きたい、決して有名ではない市井の女の物語を書きたい、とも思っていました。

 小説の中で晶子が「密室育児が起こったのは、その前を生きる私たちが便利な生活を望んだからかもしれない」と述懐するくだりがあります。今を生きる人たちの生活は、その少し前を生きた人たちの選択によって変わっていくと私は思っているんです。だけどその選択が次の世代にとって全て良い結果を生むとは限りません。

 母と娘の問題でも同じですよね。親がよかれと思ってしたことが、娘には愛情と感じられないこともままあります。私はちょうど二人の間の世代で、晶子のようにまめまめしく若い人の世話を焼くこともできないし、真菜のようにそのおせっかいを冷たく拒否することもできない。だからこそ、今の若い人たちが子育てをするときに、どうしたら辛くないように助けてあげられるだろう、とよく考えます。

――つい最近の、しかも多くの人が実際に体験した震災という出来事を描くことに抵抗はありませんでしたか。

 もちろん、ありました。地震自体は恐ろしかったですけれど、私のように東京に住んでいると、実質的な、目に見える被害はほぼありません。もっと大変な思いをしてきた方がたくさんいるのに、こんなふうにネタにしていいのかという思いはあります。書かない、という選択肢もあるし、自分の中で時間をかけて熟成させてから書く方もいらっしゃると思いますが、私はどうしても今書かざるを得なかった。あまりに大きすぎる経験でしたから。それに、今の日本を書くならごまかせない出来事だとも思います。

 私は本来、飽きっぽくて忘れやすい人間です。あの三月にスーパーマーケットから物がなくなって「家族に食べさせるものがない!」と血の気が引いたこと、知人が「原発がやばい、すぐ逃げろ」とマスクと利尻昆布を送りつけてきたせいで不安が倍増したことも(笑)、もしかしたらいつか忘れてしまうかもしれない。けれどもこの小説を読めば「あの一年はこんなだったな」と思い出すことができる。流れる日々に虫ピンをぐいっと押し込むような、カレンダーにぐるぐると赤丸をつけるような、そういう思いで書きました。

――その印の付いた日が、タイトルの「アニバーサリー」になっていくのでしょうか。

 この小説には三つの歴史的な日が出てきます。東京大空襲のあった三月一〇日、終戦記念日の八月一五日、そして三月一一日。決して個人的な記念日ではないのに、その日から主人公二人の人生がくっきりと姿を変えてしまう。そしてその区切りは、彼女たちが望んだものではありません。

 乱暴に言ってしまえば、男たちが勝手にその区切りを作ったんじゃないかとも思います。地震災害に原発のことを含めるならば、戦争だって原発だって女が望んだものじゃない。男たちが望んだもののせいで彼女たちの人生が変えられてしまった。私にはそうも思えるのです。

 (くぼ・みすみ 作家)

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