書評・エッセイ

2013年9月号掲載

戌井昭人と私、そして『すっぽん心中』

戌井昭人(いぬいあきと)『すっぽん心中』

樋口毅宏

対象書籍名:『すっぽん心中』
対象著者:戌井昭人
対象書籍ISBN:978-4-10-317823-1

 初めて読んだ戌井さんの小説は、「まずいスープ」だった。一時期、芥川賞候補作は選考会の前にひと通り、読むようにしていて、「まずいスープ」はそのとき候補に挙がった作品の中ではいちばん楽しく読んだと記憶している。当時、僕がアマゾンに投稿したレビューを引いてみる(現在は削除しました)。
「グランジというか、ローファイな空気感がいい。九十年代の音楽で育ってきた感じが、物語の世界観に大きく出ている。正直、途中飽きなくもないのだが、まあそれも含めてローファイということで。他の作家が書いたら殺伐としたり貧乏臭くなるものがこの著者だとならない。書き手の品性が高いからだと思う。しかし、芥川賞の選考委員は相変わらずダメだ。そんな中でも、山田詠美が『いい味出してます。しかし、冗漫。途中で飽きちゃった』というのはわかるし、意外にも石原慎太郎が『一番面白く読んだ』というのはちょっと驚かされた。じいさん、感性若いじゃん。諸手をあげて『新しい文学の誕生だ!』とまでは言わないが(似合わないし)、町田康の亜流の百倍はマシで、オリジナルだと思う。」
 今もこのとき感じたことは間違っていないと思っている。
 その後、新潮社の担当編集者が同じということがわかり、著作を頂くようになった。ここらへんから少しずつ僕は戌井ワールドに嵌まっていった。
 二〇一二年十月、戌井さんが演出した『季節のない街』の舞台を鑑賞した。どうしても脳内で黒澤明監督の『どですかでん』と比較考量してしまい、「姪に手を出す松村達雄役の人はいないんだ」とか、そんなことばかり考えながら観てしまった。面白かったのだが、戌井さんが主宰する鉄割アルバトロスケットを追っかけている人に言わせると、「鉄割はあんなもんじゃない」そうだ。舞台には決して明るくない僕だが、いつか観る日を楽しみにしている。
『季節のない街』の舞台を観た後、戌井さんに軽く御挨拶をした。TBS「情熱大陸」で一方的にお見かけしていたが、実物は背が高くがっちりとして、されどチャーミングで、人を惹き付ける魅力に満ちていた。つまりナイスガイってヤツ。しかも同い年だとわかり、一気に親近感が増していった。
 二〇一三年七月、とある場所で戌井さんや鉄割の役者の人たちと飲んだ。聞けば三日後に、「すっぽん心中」の主人公たちに倣って、上野のとんかつ屋で芥川賞の選考結果を待つという。いつもは人見知りの僕だが、戌井さんに「俺も待ちたい」と図々しくも伝えたところ、快く迎えてくれた(その時点で候補作の「すっぽん心中」を読んでいなかったのに!)。
 後日、『すっぽん心中』を拝読した。これまでのロング・アンド・ワインディング・ロードな展開を見せる戌井作品と違い、ボーイ・ミーツ・ガールの、実に衒(てら)いのない作品で、あっという間に読み切ってしまった。主役の女性を、頭の中で若き日の原田美枝子のような、エロい身体の女に変換して楽しんだ。戌井さんには、「ペーソス溢れる」といった年寄り臭い喩えではない、オリジナルの軽妙洒脱がある。どんなに短い文章にも(それこそひとつのツイートにも)、その人の人格が出るものと僕は思っているが、戌井さんはやっぱり品があるなあと再び感じた。選考結果待ちの席で知ったのだが、御爺様の戌井市郎さんは文学座を代表する演出家だったという。それを聞いて「サラブレッドなんだねえ」と感嘆まじりに漏らしたところ、戌井さんは照れ臭そうに顔の前で手を振った。
 残念ながら受賞はならなかった。その後も店を何軒か移動したが、戌井さんは最後まで明るい酒だった。涙や悔しさを押し隠して、といった感じとは無縁で、僕はますます戌井さんのことが好きになってしまった。
『すっぽん心中』に併録の「植木鉢」は、事件が起きるけど、『ゾディアック』や『凶悪』のような展開にはならない。事件との距離感がそのまま戌井さんの作品性を表わしている。「鳩居(きゅうきょ)野郎」が実はいちばん面白くて、鳩が大嫌いな男によるスラップスティックだ。まさに戌井昭人版「鳩」。違った、「鳥」。とにかく読んでくれとしか言いようがない。
 遅かれ早かれ、戌井さんは芥川賞をもらうことになる。『すっぽん心中』は賞に王手を決めた一冊として語られることになるし、それとはもちろん関係なく、決して貧乏臭くなったり殺伐としない、男と女の駆け落ち未遂モノの代表作として読み継がれていくと確信する。受賞は逸したが、そんなプライズや評価に惑わされず、とにかく読んで欲しい。

 (ひぐち・たけひろ 作家)

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