書評

2026年5月号掲載

姫は二つの顔を持つ

原作:彬子女王 漫画:池辺 葵『マンガ 赤と青のガウン 第1巻』

酒井順子

対象書籍名:『マンガ 赤と青のガウン 第1巻』
対象著者:彬子女王(原作)/ 池辺 葵(漫画)
対象書籍ISBN:978-4-10-356971-8

 豊かなエッセイを書くことができる人、それは「もう一つの世界を持っている人」であることが多いものです。文筆とは関係のない職業や立場に軸足を置いた上でエッセイを書くことによって、一般の人にはない視点で世の中を見つめることができるから。
 研究者や芸術家や芸能人など、名エッセイストに本職を持つ人が多いのは、そのせいです。『窓ぎわのトットちゃん』『気くばりのすすめ』といった往年の大ベストセラーを見ても、著者は他に本職を持つ人なのでした。
 そんなエッセイの世界で今、ひときわ強い輝きを放たれているのが、彬子女王殿下です。Xへのとある投稿がきっかけとなって『赤と青のガウン』がベストセラーとなって以降、ご著書は軒並みヒット。『赤と青のガウン オックスフォード留学記』は、とうとうコミック化されました。
 彬子さまの軸足は、当然ながら皇族というお立場にあります。皇族の方々は、その枠内からあまり出ることがないイメージがありますが、彬子さまの場合は、オックスフォード大学に留学をし、女性皇族として初めて博士号を取得し、大学で教鞭をとり、様々な雑誌で連載を持って本を出し、そして日本の伝統文化を子供たちに伝える心游舎という団体を主宰し……と、皇族の枠を飛び越えての活動を盛んにされています。
 彬子さまの自由な感覚は、お父様である寛仁親王殿下によって育まれた部分も大きいのでしょう。寛仁さまもかつてオックスフォード大学に留学され、また皇族らしからぬ様々な活動をされていた方。
 このコミックは、オックスフォード大学での学位授与式が東日本大震災の二ヶ月余り後だったことから、出席を躊躇される彬子さまのお姿から始まります。が、そんな娘にかけた寛仁さまのお言葉からは、広い世界へ娘を旅立たせようとする父と、父の姿を見て育ってきた娘の、強い結びつきが感じられるのでした。
 縁あって彬子さまとお目にかかったことがあるのですが、カジュアルな場においては、彬子さまが、腹を抱えて皆を笑わせるほどの座談の名手でいらしたことに、私は驚かされました。同時に彬子さまは確実に、もう一つの世界を持っておられます。ご公務での堂々とした立ち居振る舞いを目にすれば、「この方はずっと、国を代表して歩んでこられたのだ」と、背筋が伸びる思いに。
 そんなお姿に接すると、彬子さまの軸足は、普通の仕事や立場とは異なり、遥かいにしえの世へとつながっていることに気づかされるのでした。脈々と続く家に生まれた女性は、単に今を生きているだけではない。過去から続く今を生き、さらにその先の未来をも見るという意識を、お持ちなのではないか。
 彬子さまのエッセイが多くの人に読まれるのは、だからこそなのでしょう。現代人として生きるプリンセスの日常の根っこには、伝統の上にある今、という精神が存在し、両者は相反することなく調和している。読者は彬子さまに対して、「自分たちとは違う世界の方」であると同時に「自分たちと同じような方」という感覚を抱き、そのエッセイに引き込まれるのです。
 お目にかかった時に私は、
「ずっと側衛(警護のための警察官)がついている生活は、息苦しくないのでしょうか」
 と、おそらく彬子さまがこれまで何百回となく聞かれたであろう質問をしてしまいました。そのお答えは、コミックにもしっかりと描かれていますが、子供の頃から常に側衛と共にいるので、いて当たり前の存在なのだそう。
 側衛が家族のような存在であるという感覚は、私たちには想像のつかないものです。が、池辺葵さんの柔らかな画によって側衛と共にいるお姿が描かれるのを見れば、“家族のような存在”に対する温かな気持ちが伝わってくるのでした。
 中学の英語の授業で暗記するように言われたテキストが、子供向けに編集された英文という事実に疑問を覚えて以降、英語の成績は良くなかったこと。人生で初めて一人で歩いたのは、オックスフォードの街だったこと。オックスフォード大学では特別あつかいされることなく、ゼロから努力したこと。……と、彬子さまならではの青春譚が、本書には詰まっています。
 極めて皇族らしくあり続ける一方で、皇族の枠を軽やかに飛び越えてきたプリンセスの初めの一歩は、どのように踏み出されたのか。かつて寛仁さまが彬子さまの背をそっと押されたように、このコミックもきっと、枠から出ることに躊躇する人の背を、押してくれることでしょう。

(さかい・じゅんこ エッセイスト)

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