書評

2014年4月号掲載

無名時代に育まれる「しぶとさ」

常井健一『誰も書かなかった自民党 総理の登竜門「青年局」の研究』

常井健一

対象書籍名:『誰も書かなかった自民党 総理の登竜門「青年局」の研究』
対象著者:常井健一
対象書籍ISBN:978-4-10-610561-6

 フリーランスの書き手になって一年になります。
 巷では、カフェを渡り歩きながら世の中を切り取るイマドキのフリーライターが「ノマド」(遊牧民)といった単語で持て囃されているようですが、とんでもない。殊に、政治報道の世界では、アウトローと見なされ、流浪する宿命にあるようです。
 サラリーマン記者時代、お上から新聞社に割り当てられる記者証を首からぶら下げ、永田町の議員会館を歩き回る「自由」を謳歌していました。若造がアポなしで事務所を訪れても、国会議員十人に六~七人は話を聞かせてくれたものです。
 ところが、フリーになるとそうはいきません。
 権力に接近するお墨付きはなし。事務所に電話をかけて取材依頼書をファクスで流すわけですが、返事が来るのは一件あればいいところ。目をつぶっても歩けた永田町が袋小路だらけになりました。
 独立の気概は程無くして孤立感へと変わり、総理官邸の傍にある喫茶店で、一人、途方に暮れて、うだつの上がらない日々が続きます。
 そんな中、肩書も知名度もない三十代ライターが置かれた境遇と半ば強引に重ねながら着目してみたのが、有力政治家たちの無名時代でした。
 例えば、傘寿を過ぎた海部俊樹元総理は三十代の頃、ある政策を通そうと役所に何度も掛け合いましたが、歯牙にもかけられなかったそうです。
「やっぱり信頼できなかったんじゃないのかな。若いのがやろうとすることを見ておってね」
 しかし、ひょんなことから実現を果たし、さらに三十年後、その体験のエッセンスが総理として日本外交の大転換を促す決断へと結実します。
 また、自民党名門派閥の長、額賀福志郎氏は、
「経世会の初当選同期の中で、政務次官になれたのは一番遅かったんだよ。でも、派閥の親分だった竹下登には『役職は欲しがるな、手柄は人にやれ』と、そう言われて育てられたからなあ……」
 と打ち明かし、無所属での初当選、入党後にも六年続いた「空白期間」を静かに語り出しました。
 二人は活躍した時代も派閥も異なりますが、無名時代に自民党青年局を率いたという共通項があります。その謎めいた全国組織で人知れずに引き受けた「雑巾がけ」がしぶとさを育み、政界の中枢で独特の存在感を醸し出すようになったのです。
「あんな頃の話を聞きに来るのは、あなたが初めてだよ。だから、取材を受けることにした」
 そう笑いながら、二人と同じような修練を積んだ人々は私を招き入れ、誰も書かなかった自民党の「ガラパゴス」について語り尽くしました。そうして集めた証言を元に、一九五五年を起点とする保守政治家たちの進化論を編んだのが本書です。
 安倍晋三氏が無名時代に訪ねた意外な国とは?
 麻生太郎氏が後塵を拝した往年のライバルは?
 小泉進次郎氏が雌伏の時期に縋った偉人とは?
 時代の勝者らの青き肖像から浮かぶ試行錯誤の軌跡をなぞり、一強与党の生命力に迫りました。

 (とこい・けんいち ノンフィクションライター)

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