書評

2014年9月号掲載

地球の大異変とミステリーが融合した!

――伊与原新『磁極反転』

吉野仁

対象書籍名:『磁極反転』
対象著者:伊与原新
対象書籍ISBN:978-4-10-120761-2

 なんというスケールの大きな小説だろうか。
 予想もできない地球の大変異と身近な社会で起きた奇妙な犯罪が重なりつつ物語は展開していく。SFパニック小説でもあり、現実感あふれるミステリーでもあるのだ。
 最初の異変は、オーロラだった。東京の夜の空に真っ赤なオーロラが広がったのだ。週刊誌のライターである浅田柊(しゅう)は、新宿駅南口でその光景を目にした。じつは日本でオーロラが見られるかもしれないということが一部で報道されていた。その原因は「地磁気」の減少だ。さらには太陽フレアによる磁気嵐が発生し、それにともなう電波障害、人工衛星の落下、オゾンホールの広がりなどが懸念された。
 一時期、柊はこうした「宇宙天気」に詳しいジャーナリストとしてマスコミに登場していた。あるとき地磁気問題に関心のある母親グループの勉強会に招かれた。異常な現象が続き、市民の不安は増えるばかりだったのだ。実際、宇宙線量の増加などによる健康被害が問題視されていた。しかし、なかにはおよそ科学的とは思えない怪しげな風説や恐怖をあおるオカルトめいた解釈も広まりつつあった。そんなとき、柊は奇妙な噂を耳にした。都内の病院から妊娠中の女性が忽然と姿を消し、行方がわからなくなっているという。はたして彼女たちはどこへ行ってしまったのか。
 磁石にN極とS極があるように地球も磁性を持っている。それが地磁気だ。だが、四十五億年におよぶ地球史から見ると、これまでこの地球のS極とN極はおよそ二十万年に一度のペースで入れ替わっており、一番最近の逆転は七十八万年前だという。これを「磁極反転」というのだ。
 本作を読んでいると、数々の宇宙天気現象とそれにともなう異常事態がじつにリアルに迫ってくる。それもそのはず、作者の伊与原新は、もともと東京大学で地球惑星物理学を研究していた人物。この分野の専門家なのだ。しかもこの小説では、週刊誌の女性ライターを主人公にしたことで専門的なことがらも分かりやすく説明されている。数々の出来事が彼女の視点から具体的に描写され、難解な学説であっても噛み砕くように書かれているからだ。
 もっともSFパニック小説としての面白さは、こうした科学的な裏付けの確かさだけではない。世間の人たちがこの異常事態に対し、およそ非科学的な解釈に飛びついてしまう実態を生々しくドラマに仕立てている。
 昔からオカルトめいた疑似科学やインチキ学説を盲信してしまう人は少なくない。大のおとなでも専門用語などを混じえてもっともらしく解説されると信じてしまうのだろう。とくに理解のおよばない現実を前に強い不安を抱えていれば、なおさら思考力は働かなくなり、結論に合わせて事実を曲げて見ることすらありえる。こうしたパニック時の集団心理などにも触れているため、いっそう作中で登場する「妊婦失踪事件」に現実味が与えられることになるのだ。
 さらに後半、物語は思わぬ展開を見せていく。地球史における時間軸のもと、宇宙規模の大異変が描かれている本作だが、なんと人類史というスケールの企みが絡んでいくのだ。
 ここであらためて伊与原新を紹介すると、第三十回横溝正史ミステリ大賞を『お台場アイランドベイビー』で受賞したのち、理系の専門知識を活かしたミステリーを書き続けている。だが一方で、生身の人間の感情を豊かに描き、情緒あふれる人間ドラマをつむぎだす作家でもある。思えばデビュー作『お台場アイランドベイビー』は、近未来の日本、しかも首都圏直下型地震により壊滅しかけた東京が舞台で、無国籍の孤児たちが登場する。天災後の東京、そして消えた子どもたちという組み合わせは『磁極反転』といささか相似の関係にあるではないか。
 壮大なSF設定と現実的なミステリーの融合による一大エンターテインメント小説。最新科学をめぐる知的興奮と登場人物の行方と予想のつかないストーリーを追う情的快感をぜひあわせて味わってほしい。

 (よしの・じん 文芸評論家)

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