書評

2026年4月号掲載

杏さんは地球を舞台に

杏『杏のパリ細うで繁盛記』

ヤマザキマリ

対象書籍名:『杏のパリ細うで繁盛記』
対象著者:杏
対象書籍ISBN:978-4-10-356771-4

 杏さんは、歴史や文化への知識のみならず、表現を生業とすることで、若いころから精神面においても様々な感情の経験を積んできたひとである。
 彼女は人間の社会が決して聖人君子だらけのお花畑ではないということを知っているし、世間体の戒律に従う生き方の窮屈さも知っている。歴史好きという側面からも、人生には信頼ばかりではなく、疑う術を持つ必要性も理解されている。そんな杏さんのような成熟した女性にとっての子育てのステージは、できるだけスケールが大きいほうがいいのではないかと常々思っていたから、彼女のパリ行きを知った時は嬉しかったし、安堵した。
 そういえば、パリへのお引越しの数年前に、歴史好きの仲間たちと一緒に彼女のお宅にお邪魔をしたことがあった。ちょっと変わった客人たちと、戦国時代だのローマ時代だのといった話で盛り上がるオタクの顔を変えることもせず、まだ小さかった子供達と接している杏さんを見ていて、この子達はこのスペシャルなお母さんと一緒に、将来好きなことに没頭しながら、自分で自分の生き方を決める自由を許されながら育っていくのだろうな、と頼もしくなったものだった。

 私はシングルマザーに育てられたシングルマザー経験者である。神奈川の鵠沼で生まれ育った戦中派の母は、まだ職業婦人が少数派であり、むしろ非難されていたような時代に、自分と縁もゆかりもない北海道というアウェイで、ヴィオラという楽器一本で子供二人を育てあげた。そんな母親と暮らし、17歳で絵描きを目指してイタリアに渡った私は、27歳の時に現地で未婚で子供を産み、それを機に長く一緒に暮らし続けた彼氏と別れる決意をした。杏さん、母、そして私には、それぞれ表現という仕事をしながら、自分たちの故郷とは関係のない、アウェイで子供を育てるシングルマザーという共通点がある。
 そんなわけで、私は杏さんのこのエッセイを、音楽家のシングルマザーに育てられた子供という立場と、そして海外で子供を育ててきた母親である自分の立場を交差させつつ、脳をフル稼働させながら最後まで読み切った。おまけに、私のこれまでの度重なる世界引越しも常に猫たちと一緒だったので、動物との海外引越しに伴う手続きの面倒くささなど、ページを捲るごとにいちいち思い出してしまうという、実に忙しい読書となった。
 エッセイを最後まで読めば明白なことだが、杏さんは今どきのコスパ・タイパとは真逆の道を行く人である。時間をかけて日本という国で構築してきた生活環境や仕事の枠組みを、それこそ彼女の言葉を借りて言うならば、ブルドーザーなみに勢いよく崩してしまうその衝動に近い決断力は圧巻としか言いようがない。
 こういうことができる人は、私の母もそうだったが、予定調和に縋る危うさを何度か経験しており、周りがどう思おうと人生というのは自分たちで開拓してなんぼだと捉えているところがある。杏さんが凄いのは、自分自身の中にそうした素養があることをしっかり認識しており、体裁に囚われることなく表に晒しながら生きているところだろう。調和性重視で、特異であることが不利になってしまうような社会ではなく、全員ばらばらであってもそれが当たり前の、個人主義主体の国の方が自分たちに向いているはずだという、その直感力の閃きと確信に、躊躇なく身も心も委ねられる彼女の判断力は清々しく、そして潔い。
 私がフィレンツェの病院でひっそり子供を産んだ時に、お金も未来の保証もない自分に何ができるかと考えた時の答えが、ひとまず人間というのは大概の荒波くらいは乗り越えられるようにできているし、どんなことがあろうと最終的には楽しいんだと人生を満喫している大人の手本になろう、というものだった。私が子供の頃、留守番ばかりでどんなに寂しくても、たとえその行動が一般的な母親像からかけ離れていても、北海道の自然を愛し、音楽への情熱を横溢させ、私たちともその素晴らしさを分かち合おうとする母の姿から、生きる楽しみを学んだものだった。
 杏さんの子育てにも、それと同じエネルギーを感じている。ノルマンディーだろうとフィンランドだろうと知らない土地に家族で出かけていけば、当然困ることはある。それでも怯むことなく自由という人生の褒美を謳歌する彼女の姿に、子供たちはたくさんの知性と勇気を学びとりながら、地球という舞台で逞しく成長していくのだろう。頑張れ杏さん。

(やまざきまり 漫画家・文筆家・画家)

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