書評・エッセイ

2014年12月号掲載

メイド・イン・佐賀の映画本

――西村雄一郎『清張映画にかけた男たち 「張込み」から「砂の器」へ』

中尾清一郎

対象書籍名:『清張映画にかけた男たち 「張込み」から「砂の器」へ』
対象著者:西村雄一郎
対象書籍ISBN:978-4-10-303935-8

 昭和三三年公開の映画『張込み』(松本清張原作、野村芳太郎監督)は、佐賀で本格的なロケが行なわれました。当時、私はまだ生まれていませんでしたが、ラストの佐賀駅のシーンに、当時の佐賀新聞社社長だった祖父がエキストラで出演しているせいもあって、子供の頃から様々な話を聞かされてきました。東京から、高峰秀子さんほか大スター一行が来たこと、佐賀市をあげて撮影に全面協力し、季節はずれのお祭りや市場を再現したことなど……。
 私が映画『張込み』を初めて観たのは高校生の頃だったでしょうか。佐賀と東京は、かつてこんなに遠かったのかと、とにかく驚きました。映画の冒頭で、警視庁の二人の刑事(宮口精二、大木実)が、列車で佐賀に向かう様子を、えんえんと映します。二人は、夜の十一時頃、横浜から鹿児島行きの列車に飛び乗りますが、大混雑で、通路に座り込む。もちろんエアコンなんてありません。真夏で、汗ダラダラです。京都あたりで夜が明けて、ようやく一人が座れる。列車は瀬戸内海沿いを進み、関門海峡をわたって、博多に着いた頃にはもう夜。そして深夜に、佐賀に着くんです。事実上、車中二泊ですね。本書によれば、あの車中シーンは、撮影隊が佐賀へ向かいながら、ドキュメントのように同時撮影したのだそうです。
 そもそもこの佐賀ロケは、十日の予定でした。しかし、少しでもリアルな場面を撮ろうとする野村監督の粘りで、一ヵ月半にも延びてしまった。そのすべてを、当時の私ども佐賀新聞が、克明に密着取材し、記録していました。今日はどこでどんな撮影があったか、さらには、明日はどこでロケがあるかを、まるで連載記事のように報じているんです。当時の佐賀市民にとっては、天皇行幸に次ぐほどの大きな出来事だったんですね。大木実さんがファン・サービスで広場で歌ったときは、なんと「三万人」の市民が押しかけたそうです。
 著者の西村雄一郎さんは、それら昔の新聞記事をもとに再取材し、ロケの様子を丹念に再現しています。実は西村さんは佐賀新聞に「西村雄一郎のシネマ・トーク」という映画コラムを、もう三十六年にわたって連載してくださっています。なんと、この十月で千五百回を突破しました。おそらく、一人の筆者による新聞連載としては、世界最長ではないでしょうか。本書は、そのコラムがベースになって誕生しました。名作『張込み』を作り上げた野村芳太郎(監督)、橋本忍(脚本)、山田洋次(助監督)といった方々が、その後も松本清張原作の映画化に挑みつづける姿を描いています。この三人が、やがて大ヒット作『砂の器』(昭和四九年)を生み、松本清張先生は『黒地の絵』の映画化を切望する、しかしなかなか実現しない……映画作りの面白さと難しさを感じるとともに、「スピード」「コスト」を犠牲にしてでも、長く残る、いいものを作ろうと奮闘する「昭和の男たち」の姿には感動させられます。
 ところで、西村さんの実家は、佐賀市内に、ペリーが来航した嘉永時代からつづく「松川屋」という老舗旅館でした。かつて小倉に赴任していた森鷗外が来佐した際に宿泊し、『小倉日記』にも登場します。この旅館が、『張込み』撮影隊の宿舎の一つになりました。西村さんは当時五歳だったそうで、そのときの強烈な印象が契機となって、映画評論家の道を歩まれたそうです。そういう意味で本書は、題材も内容も筆者も、完全にメイド・イン・佐賀なんです。
 最後に余談を一つ。その「松川屋」の女将さん、つまり、いまは亡き西村さんのお母様ですが、佐賀では有名な“女傑”で、私が子供の頃、とにかく怖い方でした(『張込み』のお祭りのシーンにエキストラ出演されています)。昔の佐賀士族のプライドをそのまま継いでいるような方で、すべてにわたって「佐賀の流儀」を重視される、はっきりした性格でした。有名なポップス・アーティストが宿泊を申し込んで来た際「松川屋には合わないから断った」という噂を聞いたこともあります。
 ご子息の雄一郎さんは、そこまで怖くありませんが、徹底して喰らいつくパワーは、まさにお母様譲りだと思います。でなければ、清張映画をめぐる男たちの二十数年のドラマなんて、描けませんよ。

 (なかお・せいいちろう 佐賀新聞社代表取締役社長)

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