書評

2016年3月号掲載

情報はいくら集めても終わりがない

樋野興夫著『がん哲学外来へようこそ』

樋野興夫

対象書籍名:『がん哲学外来へようこそ』
対象著者:樋野興夫
対象書籍ISBN:978-4-10-610655-2

「○○の習慣でがんが消えた」
「▲▲はダメ、□□を毎日食べなさい」
 こうしたメッセージが週刊誌や書籍に溢れています。健康なときには目に入らなくても、自分や家族ががんになるとついアンテナが立ち、読みたくなるものでしょう。しかし、ほとんどはあまり意味のない情報だ、と私は思っています。
 私はがん専門の病理医として順天堂大学医学部に籍を置く傍ら、「がん哲学外来」の担当医を務めています。どうして「がん」と「哲学」、さらに「外来」が結びつくのかと不思議に思われる方も多いでしょうが、この外来はがんにまつわるあらゆる相談に乗ることを目的としています。相談は無料、2008年の開設以来、活動は全国80か所に広がりました。ある日は、ご主人が大腸がんで入院しているという女性がみえました。
「毎日病院に通って主人の様子を見ているのですが、退院した後のことが気になってきました。いま色々な記事が出ていて、読むと『これを食べなさい』『野菜ジュースを摂りなさい』『冷えを防ぎなさい』って、限りがなくて。どれを信用したらいいのか、分からなくなってきました」
――そういう情報に期待しすぎると、あなたもご主人も、疲れてしまいますよ。
「そうですよね。子どもたちも一喜一憂するなと言うんです。いまは知人から、がんを消すっていうプロポリスを勧められています。東大病院でやってるものだからって。でも本当に効くのかなと」
――東大の誰がやっているんですか?
「それは分からないです。東大の先生だって」
――本当に関心があるのなら、何という先生が研究しているものか、確かめるのがいいですよ。ただし、情報はいくら集めても終わりがありません。集めること自体が目的になってしまうのです。それよりもゆっくりご主人に寄り添う時間のほうが、大切ではありませんか。退院後の食事については主治医の先生とじっくり話してみたらいいですよ。
「本当にそうですね。そうしてみようと思います」
 こうしたサプリメントや食事療法の相談は日に日に増えています。主治医には言い出しづらい面もあるのでしょう。心配なのは、情報ばかりに目がいって、本来の治療が手つかずになっているケースがあることです。セカンドオピニオン・ショッピングを続けるだけで、治療法を決められない患者も実際にいます。
 なぜそんなことになるのでしょうか。理由のひとつは、その患者や家族ががんと診断されたショックの只中にいるからでしょう。がんを告知されるのは「人生の大地震」であり、右往左往したり、うつ的症状が出るのは当然のこと。しかしその不条理を認めて、治療に向き合うことが先決です。
「病気」であっても、「病人」ではない。これは私の持論です。本書『がん哲学外来へようこそ』では、先に紹介したような個人面談の模様を盛り込みながら、「がんの優先度」を下げつつ今まで通りの生活を送る秘訣をお伝えします。

 (ひの・おきお 順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授)

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