対談・鼎談

2017年4月号掲載

住野よる『か「」く「」し「」ご「」と「』刊行記念対談

私たちの「書く仕事」

彩瀬まる × 住野よる

対象書籍名:『か「」く「」し「」ご「」と「』
対象著者:住野よる
対象書籍ISBN:978-4-10-102351-9

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綾瀬さんに抱き抱えられる住野さん"本体"

住野 僕が初めて拝読した彩瀬さんの本は『やがて海へと届く』なんですが、あの小説が本当に好きで、今日はお話できて嬉しいです。読み終えてすぐ、彩瀬さんと共通の担当さんに長文の感想メールを送りつけてしまったんですが、心の機微の描き方がすごかったです。失礼な話で申し訳ないんですが、「この方はこんなに人の心の機微が見えて、ちゃんと生きてらっしゃるんですか」と書いてしまいました。優しすぎて、大丈夫なのかなとつい心配になってしまって。

彩瀬 いえ、ありがとうございます。こちらこそ嬉しいです。

住野 震災に限らず何か凄惨なことが起きたあとって、例えば募金とかボランティアとか、できることはあるけれど、一方で、心の中にはどうにもできない気持ちが残ったりします。そういうとき、彩瀬さんの本を開くと、隣に彩瀬さんが座って、手を重ねて「大丈夫だよ、みんな傷ついてるから」って言ってくださってる気がして、そこがすごく好きなんです。

彩瀬 住野さんのお話を伺って思ったのですが、手探りで書いたのが、かえってよかったような気がします。本が出たのは震災の五年後ですが、あの物語で描いているのは、三年後くらいの世界。三年経つと、そろそろ消化しなきゃいけないっていう感覚もあるし、同時に、忘れてはいけないという思いもある。二律背反というか、どちらに耳を傾けすぎても引き裂かれるような感じがありました。だけど書きながら、「忘れない」が正しい部分もあるし、一方で、生きていくために忘れるべきこともあって、その二つは全く対極のものではないんだ、という思想みたいなものが固まっていきました。

住野 あと、文芸性とエンタメ性、どちらもあるのがすごいです。僕はデビュー前から勝手に、エンタメ路線の作家さんと、文芸路線の作家さんとは、完全に二分されていると思っていて......作品の中身が違うというよりは、目指しているものが違うのではと思っていたんです。でも、彩瀬さんの作品は、その両方がある。僕の考えるエンタメ性は、端的に言うと、普段本を読まない子達が楽しめるかどうか、ということなんですけど、あの作品にはすごくそれを感じましたし、それでいて本好きというか、普段から文芸に触れている方たちもねじ伏せるパワーがある。すごい作品だと思いました。

彩瀬 自分ではそう思ったことはないので、ちょっと不思議なのですが、まさに今、そうした普段あまり本を手にとらない方に対して最も発信力がある住野さんにそう言ってもらえると、将来に希望が持てそうな気がします。そういう方たちに作品を届けるために、大事にされていることってあるんですか。

住野 僕なりにいくつか思っていることがあるんですが、一つは、多くの人が想像しやすいテーマであることですかね。

彩瀬 ははあ。なるほど!

住野 あとは、あくまで個人的な考えですけど、決め台詞というか、決定的な力を持つ一文があるかどうかが、面白さにつながる気がします。彩瀬さんの御本は、読んでいてぐっとくる一文がちりばめられていますよね。昨夜、新刊(『眠れない夜は体を脱いで』)を読ませていただいたんですが、「あざが薄れるころ」という短編の「わたしを変な子のままでいさせてくれてありがとう」という一文で号泣しそうになって、一旦本を閉じて部屋の中を一人でウロウロしました(笑)。

彩瀬 ありがとうございます。私はこれまで結構、自分が書きたいものに振り回されて書いてきたので、そこまで気を配れている自覚はなくて。だから、ちゃんと届くと言っていただけて嬉しいです。住野さんの作品は、今回の『か「」く「」し「」ご「」と「』もそうですが、わかりやすさにすごく心を砕かれていますよね。書くときに、他の作家さんが見てないものを見ているんじゃないかと思って、その仕組みがすごく気になります。

住野 うーん、仕組み......。いや、なんでしょう。前提として、本は娯楽以外の何物でもないと思っています。別に読みたくなければ読まなくてもいいし、娯楽作品なんだから、競争相手はスマホやゲームや漫画だと思っています。

 だからかどうか、書くときに、テーマが出発点だったことが僕はたぶんないです。こういうキャラがいたら面白いなとか、こういう設定だったら面白いかな、とか......。『君の膵臓をたべたい』は、タイトルからです。すごいドヤ顔な感じで、「みんな、絶対ビビるだろう」と思って(笑)。もし何かあるとしたら、そういう部分かもしれないです。

彩瀬 書くことへの冷静さがありますよね。私は逆に、テーマから作ることが多いです。そうすると、それに合う形で人物を配置していくことになる。ただ、その配置の仕方を誤ると、はじめに設定した結論を是とするためだけに書いたような、すごく怪しげな小説になってしまうんです。だから、テーマを決めたら、作品の中でそのテーマや問題提起を戦わせていくようにしています。『やがて~』だったら、真奈と遠野くんという、全く違う思想のふたりを設定して、あとは作中で意見を交わさせていく。そうすることで、なるべく私がはじめに想定したものではない結論までいってほしいと思っています。それで最終的に良い結果が出ることももちろんあるんですけど、書いている間はなかなか制御ができなくて、独りよがりになっていないか、あまり目配りがきかない。住野さんはおそらく、テーマから出発されていないから、安定して目配りができているんですね。

読者にいかに届けるか

住野 「わかりやすさ」という点では、デビュー担当さんの影響も大きいと思います。僕のデビュー担当さんは普段、漫画とラノベの担当をしている方で、いわゆる文芸の単行本は僕しか担当していないんです。だからエンタメに対するハードルが高くて、読みやすさとか、いかに人に届けるかという部分は、すごく言われます。原稿をお渡ししたときに、「ここがわかりにくい」とか。

彩瀬 この部分の感情がうまく伝わらない、みたいなご指摘ですか?

住野 どちらかというと全体の指摘ですね。例えば『よるのばけもの』は当初、明かさないで終わる部分がもっと多かったんです。そうしたら「住野さんに今ついてくれている、初めて自分で本を買ったと言ってくれているような読者さんたちに、これではたぶん伝わらない」と言われて、直しました。そういう読者の方にいかに届けるかを、もっと考えたほうがいいんじゃないかって。

彩瀬 『よるのばけもの』の情報の開示の仕方はすごく適切なように感じたんですけど、もっと伏された状態だと、たしかに今までの作品との段差を感じるかもしれないですね。

 最初の二作と『よるのばけもの』には、相当な違いがありますよね。前二作は物語の型に沿って書かれている感じがしたんですが、『よるのばけもの』では住野さんが随分、自由になったなと感じました。それはすごく素敵なことで、私は、あのお話が一番心地よく読めました。ただ、率直に言って、私がそう思うということは、普段本を読まない人にとっては読みにくいお話だろうとも思ったんです。私はすごく好きだけど、前二作で初めて読書を楽しんだ人にはもしかしたらちょっと大変かも、と。その点、今回の『か「」く「」し「」ご「」と「』は、初めの二作と『よるのばけもの』の、うまく中間地点にある感じがよかったです。住野さんご自身は、どういう作品を書いているのが楽しいですか?

住野 変な人を書いてるのが一番楽しいです。『また、同じ夢を見ていた』の主人公の奈ノ花とか、『よるのばけもの』の矢野さんとか。自分自身が変な人になりたかったからかもしれません。実際はただの凡人なんですけど、芸人さんとかバンドマンのような、特異な人たちに前からすごく憧れていて、何ていうか、僕が思い描く「物語性のある人物」の基準がたぶんそこに置かれちゃったんですね。

彩瀬 住野さんの作品を読むと、世の中には変わった形の内面を持っている人がおそらくたくさんいるのに、私はきちんと認識して書けていないなと反省します。だって、よく考えてみれば私の物語の登場人物以上に変な編集さんはいっぱいいますもん。

住野 僕はデビューして二年経ってないですけど、本当にそうですね(笑)。

彩瀬 作家さんにも変な人はいっぱいいるし、私自身もたぶん自分で思ってる以上に傍から見ると変な人なんだろうなって思うし、住野さんも結構変な人だと思いますよ。だから、変な人を描くっていうことは、個人をちゃんと描いてるということだと思います。それは素晴らしいことだと思うし、羨ましいです。

住野 嬉しいです、ありがとうございます。

彩瀬 変な人を書くのがお好きということは、今作だと、パラちゃんとかを書いているのが一番楽しいですか? パラちゃん、かわいかった!

住野 はい、そうなんです。ただ、パラの視点で書くのは、僕にとって初の挑戦でした。デビュー前から、「変な人を見る普通の人」というのはよく書いてきたんですが......例えば『膵臓』の、桜良を見ている主人公とか。

彩瀬 桜良ちゃんも、変な人カテゴリーに入るんですね。

住野 僕の中ではそうです。変な人を見ている側の話って、ある意味すごく楽で、相手に奇抜な行動さえ取らせておけばいい。でも今回、いざ変な人が何を考えて変な行動を取っているのかを書こうとすると、めちゃくちゃ悩みました。

彩瀬 でも、私はパラちゃんの章が読んでいて一番グッと来ましたよ。パーソナリティというか、個々人の見ている世界がこれだけ違うということが作品の一つのテーマだと思うんですけど、だからこそ持っていけた視点人物だなと思います。

住野 ありがとうございます。良かったです、書いて。パラは五人の中で一番、自分のことを特別だと思っているんです。

彩瀬 みんなそれぞれ、他の人にはない能力が自分だけにあると思っているけれど、なぜ五人にそんな能力があるのか、住野さんは全く説明されないですよね。だから、物語に入ってすぐは、特別な能力を持つ、特異な状況の人たちのお話として読み始めるんですけど、終わってみると、まったく特異なことではないとわかります。『よるのばけもの』で主人公の男の子がばけものになっちゃうのも、『か「」く「」し「」ご「」と「』の彼らが他人には見えないものを見ているのも、わざとわかりやすく可視化した設定になってはいるけれど、それを希釈したかたちで、私たちの日常レベルで日々起こっていることを書かれている。それがすごいなと思います。

住野 そう言っていただけて、すごく嬉しいです。ばけものを抱えているのは彼だけではないし、今回の五人の能力も、僕たちが相手の表情を見て心を予想しているのと、同じくらいのレベルのもの。読んだ方にそう思っていただけたら、いいなと思います。

性欲もちゃんと書きたい

彩瀬 あと、ヅカくんみたいな子を書かれるのも珍しいですよね。

住野 ヅカの話はとても苦労しました。雑誌掲載後も、そこだけがずっと気に入らなくて、本にするときに一番変えています。単純に、人気者のイケメンの気持ちがまるでわからない。書いてて「ふざけんなよ、こいつ」って思ってしまって(笑)。難しいなぁと思いました、自分と違う人物を書くのは。

彩瀬 すごくわかります、それ。そういう、同性のクラス内ヒエラルキーの高い人物よりも、異性のヒエラルキー高い人のほうがまだ書きやすくないですか?

住野 はい、まだ書きやすいです。

彩瀬 私、振り返れば男性主人公の話を多く書いているんですけど、下手すると女性よりも書きやすくなる瞬間があって、それは何でかっていうと、たぶん同性だと変に入り込み過ぎちゃうからなんですよね。入り込み過ぎて身動きしにくくなるというか。飛ばすべきところを飛ばせなかったり。

住野 めっちゃわかります。

彩瀬 男性主人公だとその分、注意深く書こうってなるから、人格が過剰にならなくて、伝えるべきテーマを伝えやすかったりする。でも、ヅカくん、かっこよかったですよ。「王子様」っていうのも皮肉が効いていて、とってもよかった。

住野 ありがとうございます。あれは僕からヅカへの皮肉ですね。僕は彩瀬さんの書かれる男性主人公がすごく好きです。『眠れない夜は体を脱いで』の第一話を拝読して、男が持つ、女性とは違う性の匂いのようなものを、それとはっきりとは書かずに匂わせられるのは本当にすごいと思いました。僕、次の作品では、ちゃんと性欲を書こうと思っていて。

彩瀬 おおー! 実は、そういうのやらないんですか、って伺いたかったんです。いいとこいくなぁ。

住野 編集の方に、「デビュー作は、ある意味で男女間の性欲を否定するものだった」と言われて。だから今度は、性欲があったうえでお互いのことをどう思ってるのかという部分をちゃんと書こう、と。

彩瀬 たしかに、住野さんの作品は全体的に性欲を否定してるんですよね。でも、そこが支持されている部分でもあるのでは?

住野 たぶんそうなんだと思います。『膵臓』の主人公はわりと女子人気が高くて、女子高生の子たちから、タイプだとか言われるんですよ。僕は「嘘つけ! 現実にいたら絶対そうは思わないだろう」ってずっと思っていて(笑)。だから、読者の方たちに一度ちゃんと、住野よるは純粋でも潔白でもないっていうのを見せたいと思ったんですよね。

彩瀬 とはいえ、住野さんは、人と人とのつながりの決定的要因が性欲ではないようにしたい、という気持ちもありますよね?

住野 ありますね。男女ふたりの関係の行き着く先が恋愛だけ、ということにはしたくない。ただ最近では、だからといって恋愛は悪いものではない、とも思っています。『やがて?』のキスシーンのタイミングがあまりに完璧だったことにも影響を受けているかもしれません。大人なら恋愛にはもちろん性欲も絡んでくるわけで、それをエンターテイメントとして自分が消化できるかどうか、挑戦してみたいなって思うようになったんです。

彩瀬 それは嬉しいなあ。以前ライトノベルの作家の方とお話した時に、性欲にまつわる記述って、例えばヒロインに過去に男がいた、というだけでもアウトだって聞いたんです。でも、それってつまらないことだなと。その欲に振り回されるからこそ出る苦しさとか、逆に欲があるからこそ生じる人間関係もあるわけで、それをエンタメに落とし込むのは難しいでしょうけれど、すごい試みだと思います。読んでみたい!

住野 ありがとうございます。うまく書けるかわかりませんが、頑張ります。

「持っている人」の苦しみと美しさ

住野 彩瀬さんの小説でもうひとつすごく好きなのが、何かを「持っている人」の苦しみも書かれることです。悲しみとか焦燥とかを書こうとしたら、持っていない人の話をしたほうが絶対に楽だと思うんですよね。でも、持っていることで苦しんでる人もいっぱいいると思うんです。『やがて?』では、親友はもう命を持っていないのに、自分はまだ持っているという苦しみがある。それは、ともすれば「お前は恵まれているじゃないか」と言われてしまいそうなことで、でも、そこもちゃんと悩んでいいんだ、と言ってくださる作品が多いですよね。

彩瀬 すごく大事なところに突っ込んでいただいた気がします。実はここ数年、持っている苦しみについて考えることが多いんです。「ノブレス・オブリージュ」、持てる者はその分、社会還元の義務を果たすべきという概念がありますが、それが日本ではあまり根付いていないから、苦しみが生じるんだろうと思うんです。そうすると、なんで自分だけ持っているのかと考えてしまって、不当にそれを持っている気分になるじゃないですか。

住野 すごくわかります。

彩瀬 ありますよね、そういうの。運だったり才能だったり、いろいろあると思いますが、それがなぜその人に差配されたかっていうのは個人のわかることではないですから。

 ただ、持っている人は苦しみも負うけれど、やれることも多いと思うんです。いまパッと思い出したんですけど、学生時代、クラスに、周囲に馴染めない女の子がいたんです。会話のキャッチボールがうまくできない子で、みんな積極的に関係を持とうとはしなかった。で、ある時期、男子が調子に乗ってその子をいじっていたんです。そしたら、私の友人で、わりと顔も良くて、クラス内ヒエラルキーも高くて、男子とも女子ともうまくやっている子が、仲裁に入ったんですよ。「この子は責務を果たしているんだ」と感動しました。ヒエラルキーの下の方の子や転校生だった私なんかは男子に介入する勇気が持てなかったけれど、その子はクラスの中で、もっとも摩擦が少ない形でそれを果たせるのは自分だとわかっていたんだと思います。

住野 なるほど。すごくいいお話ですね。

彩瀬 それが持っている人のすごいところだし、苦しいところでもある。彼女だって怖いと思うんですよ、男子に介入するのは。何かを持っていると、持っていないのとはまた別の種類の苦しみがある。でも、その人が責務を果たすことで生まれる美しさもあると思います。

住野 わかると言うとおこがましいですけど、僕は『また、同じ夢を見ていた』を書いたとき、主人公の奈ノ花を、持つ苦しみを持った子にしたいと思ったんです。奈ノ花は美人だし、お金持ちの子だし、頭もいいし、だから嫌われてるんですよね。それをすごく書きたいなと思って。だから、そういうことを言ってくださる作家さんがおられることに、今すごく安心しました。

 あと個人的にすごく好きなのが、『神様のケーキを頬ばるまで』の「泥雪」の最後の方に出てきた、「私はこの絵を愛してたんじゃなくて、この絵に対する自分の解釈を愛していた」という一文です。それを読んだとき、心の中で引っかかっていたけれど何と言っていいかわからなかったものを、綺麗に言葉にしてくださった、と思いました。例えば好きなバンドとか好きな作家さんが「自分の最高傑作だ」と言った作品がそれまでと全然違ったときに、僕も含めファンは、なんか違う、と思っちゃうこともあると思うんですよ。でもそれは、自分の解釈を愛していただけなんだな、と。

彩瀬 寂しくなりますよね。

住野 そうなんです。でも、あの一文を読んだ後、やっぱりその人が違うものを作った意味をちゃんと考えようと思うようになったんです。自分の中に持っている像と照らしあわせてどうとかじゃなくて、その物単体で見なきゃいけないし、それがどういう意味なのか、より深層まで潜れたらいいなと思うようになりました。あのお話を読んだときに、小説ってすごいなと思ったんです。

彩瀬 ありがとうございます。でも、その一文だけでそこまでの発想が出てくるのは、住野さんの、自分の解釈を越えて他者を理解したいという、すごく健やかな思いに端を発していると思います。「人によって解釈はいろいろだよね」というところに落ち着くのが普通だと思いますから。

 そういう普段はあまり透明度を高くして考えられないことを、住野さんがしっかりクリアーにして、一生懸命噛み砕いて小説を書いてくださるんだろうなと思うから、これからも楽しみにしています。

住野 ありがとうございます。頑張ります!

 (あやせ・まる 作家)
 (すみの・よる 作家)

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