対談・鼎談
2026年7月号掲載
難波優輝『本とは何か』刊行記念対談
「読むことの意味」を考える
佐々木マキ × 難波優輝
気鋭の美学者が、新刊の装画を描いてもらった憧れの漫画家/絵本作家と読書の功罪や創作の裏側を語り合うと──
対象書籍名:『本とは何か』
対象著者:難波優輝
対象書籍ISBN:978-4-10-611128-0
難波 今回は、『本とは何か』に素晴らしい絵を描いていただき、ありがとうございました。「もし叶ったら夢のようだな」という気持ちで佐々木さんのお名前を出したので、まさか実現するなんて思っていませんでした。
佐々木 若くて率直で、とても正直な人が書いた文章だと思いました。すごく面白かったです。「本を読むことで、かえって人間としての美点がなくなることもあるのではないか」というのは本当にそうだなと。でも、そんなことを書いた人は今まで一人もいなかった。非常に新鮮でした。
難波 嬉しいです。
佐々木 僕は子どもの頃から、いたるところで「読書の習慣を」というスローガンは目にしましたが、それと同時に「悪書追放」という運動もありました。でも難波さんは「良い本」「悪い本」と分けるのではなく、同じ本でも読む人の「パフォーマンス」によって、「良い読書」と「悪い読書」になると考えている。こういう類の本にありがちな、啓蒙的な書き方をしていないのもよかったです。
漫画は芸術たり得るか
難波 本書では漫画も含めていろんなジャンルの本の読書について考えていますが、「漫画は本なのか」という問題についても書きました。
佐々木 僕自身「漫画って何かな?」と思いながら自分で漫画を描き始めたんですよ。子どものころ好きで読んでいた漫画はたくさんあるんですけど、そのあとを追って漫画を描きたいという気にはならなかった。そうやっていろいろと考えているうちに「漫画とは何か」っていう問いに戻ってきてしまうんです。そしたら「前衛的だ」とか「難しい」とか言われて(笑)。投稿した作品がいくつか「ガロ」に載って、「朝日ジャーナル」の連載が始まった頃には、手塚治虫さんにもすごく批判されました。
難波 佐々木さんはどう受け止めていらっしゃったんですか。
佐々木 もちろんいろんな読み方があって良いとは思うんですけど、手塚さんに関しては、そもそも白土三平さんに対抗心を燃やしていたという背景がありました。僕は白土さんが作った「ガロ」出身だったから「白土一派の佐々木」とみなされて、批判されていたのかなと思います。僕自身は自分がどこかの一派に属しているという意識もなかったので、正直よくわからなかったですね。
難波 子どもの頃はどんな漫画を読まれていたんですか。
佐々木 近所の貸本屋で夢中になって読んでいたのは、さいとう・たかをさんや白土三平さんの作品でした。だけど、やっぱり漫画家として一番尊敬しているのはつげ義春さんですね。自分にとってつげさんが特別なのは、漫画家でありながら、芸術の分野で登り詰めた人は他にいないと思うからです。それもいわゆる「媚びた芸術」ではなくて、漫画を一生懸命やっていたら、いつのまにか芸術として評価されていた。そのことに、つげさん自身がびっくりされているようなところがあったんじゃないかな。直接つげさんとお話ししたことは2、3回しかないのですが、その時に「うちの息子が幼稚園でお前さんの絵本をもらってきたから、『お父さん、この絵本描いてる人のこと知ってるよ』って言ったんだよ」と声をかけていただいたことを今もよく覚えています。
難波 佐々木さんは、漫画以外の本もたくさん読まれていますよね。
佐々木 なんでも食べる人みたいで恥ずかしいんですけど、目の前に活字があればとりあえず読んでしまうという人間です。実は漫画に夢中になっていたのは小学校までで、中学ぐらいになると、貸本屋に行っても漫画だけではなくて柴田錬三郎とか大藪春彦などの大衆小説を読んだり、世界文学全集みたいなものを読んで「チェーホフ良いな」と思ったりしていました。
難波 自分の場合、最初は児童文学から入って、そのあと色々読むようになったのですが、中学のとき、夏目漱石にどはまりしました。難しい表現を使わずに、さっぱりした文章を重ねているところがかっこよくて。今も自分で文章を書くときには、漱石を意識しながら書いているところがあります。
佐々木 漱石、良いですよね。漱石のお孫さんの(夏目)房之介さんにお目にかかったことがあるんですけど、漱石で一番良いのは随筆『硝子戸の中』だとおっしゃっていました。僕も大好きで、有名な小説よりも余程良いなと思うぐらいです。
神戸は「明るい廃墟」
難波 佐々木さんのエッセイ集『ノー・シューズ』に書かれていた、幼少期の長田(神戸市)の様子が印象的でした。実は私も神戸の生まれなのですが、1歳の時に震災があったので、それ以前の街の姿は全然知らなくて。中学生のときに村上春樹さんの本を読み始めて、難しくてよくわからないところもあったんですけど、明る過ぎも暗過ぎもしない小説の雰囲気も、表紙の佐々木さんの絵も、なんか好きだなあと思っていました。後になって読み返した時に、お二人とも神戸の方なんだということに気づいて、勝手に合点がいったんです。影があって、陰りがあって、牧歌的そのものでもなく、海辺で遠くに船が見えて、という神戸の空気と、作品が持つ雰囲気が合致したというか。
佐々木 そうですか。自分では意識したことがなかったです。
難波 当時の記憶はないものの、物心ついた時からずっと、神戸の街に震災の影みたいなものを感じていたんだと思います。文化が豊富で、活気があって、でも、ふとした瞬間に「明るい廃墟」のように思えることもある。多面的で不思議な街です。
佐々木 山があって、川があって、海があってね。長田の映画館やパチンコ屋さんを文化と呼べるかわかりませんが。
難波 東京にもお住まいになっていたことがあるんですよね。
佐々木 わずか3年ほどですが、三河島とか町屋とか本郷あたりの安アパートを転々と、出版社から電話が来たらすぐ行けるようなところに住んでいましたね。
難波 関西に戻って来られたきっかけみたいなものはあったんでしょうか。
佐々木 家内も同じ長田の出身なんですけど、二人とも東京の生活がいやになってしまって(笑)。お金もなくて、仕事も来ないし、どうせ生活できないならもう帰ろうか、と。それからずっと京都に住んでいます。
難波 地元の神戸ではなくて京都にしたのには理由があったんですか。
佐々木 当時は新幹線が大阪までしか通っていなくて、仕事で東京に行くこともあったので、単に利便性の問題で京都にしました。あの頃、もし神戸にも新幹線が通っていたら、長田に戻って震災に遭っていたかもしれません。
鶴見俊輔からの「オーダー」
難波 小説家の稲垣足穂についても以前書かれていましたよね。『一千一秒物語』など、飛行機や天体をモチーフにした作品が多くて自分も好きなのですが、佐々木さんは幾何学やメカニックにも興味がおありなのですか。
佐々木 足穂は好きなんですけど、理数系はまったくダメなんですよ。
難波 自分も理数系はダメです(笑)。
佐々木 足穂といえば、本当は明石の出身なのに、ずっと「神戸出身だ」と言っていたんですよね。それで野坂昭如に「あんた神戸ちゃうやろ」と突っ込まれて、それでも「学校が神戸やから、ええねん!」と言い張っていたとか。
難波 自分は明石にも住んでいたことがあるのですが、自分もたまにそう言っちゃいますね(笑)。
佐々木 難しい人文の本を読むこともあるんですけど、その時は面白く読んでもすぐ忘れてしまったりする。難波さんが書かれていたとおり、本は読めば読むほど良いってもんじゃないなと思います。ただ、忘れるのも悪いことばかりじゃないと思ったこともあるんですよ。哲学者の鶴見俊輔さんは赤川次郎さんのミステリーのファンで、著作を何百冊と読んでいたそうですが、やっぱり毎回内容を全部忘れるんですって。だから何回でも楽しめるっておっしゃっていました(笑)。
難波 なるほど、それはある意味、良い楽しみ方かもしれない(笑)。鶴見さんともお付き合いがあったんですね。
佐々木 僕がまだ東京にいた頃、鶴見さんがやっていた雑誌「思想の科学」に絵を描いたのが最初でした。ある時、鶴見さんが子ども向けに書いた『ひとが生まれる 五人の日本人の肖像』という本の挿絵を描くことになったんです。金子ふみ子とかジョン万次郎の評伝なんですけど、実在の人物の絵を描くのが難しくて、鶴見さんに相談したら「顔全部一緒で良いですから」と言ってくださった。服装も時代考証しなくて良いし、裸で良いとおっしゃるので、本当に全部一緒の顔で裸にしたら、後から評論家に批判されました(笑)。
自分の作品は「子ども」か「他人」か
難波 今は「絵本や物語は発達に良い」みたいなことばかり言われますけど、自分はそういう話がけっこう嫌いです。最近子どもと絵本を読んでいて「そうそう、人生にはこういうさみしさがあったんだよな」とふと思い出した瞬間がありました。子どもの頃って、まだこの世界にとっかかりがないから、大人にはわからない、ある種のさみしさを感じていた気がするんです。絵本の本当の良さって、子どもの時しか感じられないこういうさみしさを感じられることなんじゃないかと思うんです。
佐々木 今は考えることが多くて、子どもも親も大変ですね。僕自身は時代もあって、両親からは「とにかく飢え死にしなければ良い」という育てられ方をしたので、自分の子どもたちにも同じように自由にさせていました。
難波 私の両親も同じタイプです。小学3年生の時に、忘れ物が多かったり、なかなか授業に集中できない友達がいたのですが、その子に対する先生の𠮟責の仕方にどうしても納得がいかなかったんです。それで1年間学校をボイコットしたのですが、その時も「あなたがそう思うんなら行かなくて良いよ」と言うぐらい、自由にさせてくれました。大人になった今でも、仕事で「ちょっと違うかも」と感じたらすぐに逃げてしまう方です。
佐々木 僕もそうですね。作品に対して指摘された時、もちろん納得がいけば直しますけど、根本的な自分の発想みたいなものが否定されたら「ごめんなさい撤退します」と言うしかない。
難波 安心しました(笑)。私は普段、基本的に自分が気持ち良いように文章を書いているんです。もちろん、あとから少し読者目線を持って順番を入れ替えたりすることもあるのですが。佐々木さんは漫画を描かれる際、どれぐらい読まれる時のことを考えますか。
佐々木 コマの順番を入れ替えるぐらいはするんですけど、基本的には何かを人に伝えたいという気持ちはあまりなくて、自分の気が済めばそれで良い(笑)。最初の鑑賞者は自分、というつもりでやっています。
難波 よく「自分の作品は子どものようなもの」という話を聞きますが、私はそれがよく分からないんです。自分のところに違う国の人が来て「パスポートにスタンプを押して」と言われたから押した、それが文章になったという感じで、距離としてはかなり「他人」。佐々木さんにとって、ご自分の漫画や絵本はどういう距離感ですか。
佐々木 ただ「自分から出て来たもの」というだけで、それ以上でも以下でもないですね。自分の作品を全部理解できているかというとそんなこともない。こんなものを作ってしまった自分を不思議がっている自分もいます。
難波 作品に自分が表れているという感覚はありますか。
佐々木 ないですね。むしろ「自分の中にこんな知らない部分があったのか」と思います。要するに、自分でも自分のことをわかってないから、作品という客観的な形で出してみて、それを眺めては「わりといいな」と思ったり、「がっかりだな」と思ったりする。
難波 佐々木さんでも、がっかりされることがあるんですね。
佐々木 しょっちゅうですよ(笑)。
(ささき・まき 漫画家/絵本作家)
(なんば・ゆうき 美学者)



