対談・鼎談

2026年6月号掲載

山口恵以子『手配する女』刊行記念

「地面師」をめぐる創作(フィクション)と現実(ノンフィクション)

山口恵以子 × 森功

いち早く地面師を取材し、その手口を明らかにしたノンフィクション作家と、地面師事件の報道から女手配師の半生を描き上げた小説家が、書かずにはいられない「詐欺師の魅力」を語ります。

対象書籍名:『手配する女』
対象著者:山口恵以子
対象書籍ISBN:978-4-10-351252-3

私が書くべき物語だと思った

山口 『手配する女』に推薦の言葉をいただき、ありがとうございました。地面師取材のパイオニアである森さんがこの小説をどう読んで下さったか、改めてお聞きしたいのですが……まあ、本人を前にして悪くは言えないでしょうけれど(笑)。

 いえいえ。地面師詐欺は仕組みは複雑だし人の出入りも多いしで、正直言って読む前は小説に向かない題材じゃないかと思っていましたが、見事に裏切られましたね。

山口 嬉しい!

 地主になりすまして他人の土地や建物を不動産業者に売り払い、カネを騙し取る。これが地面師詐欺ですが、言い方を変えると、なりすまし役がいなければ成立しない犯罪ですよね。そのなりすまし役を探してきて教育する「手配師」に焦点を当て、彼女の半生を追いながら手掛けた事件を描くという発想には驚かされました。ついつい一気に読んでしまいましたよ。

山口 森さんのベストセラールポ『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』のおかげです。目的地に向かうのに欠かせない地図のような一冊で、この犯罪の構造から詐欺師の思考法まで大いに学ばせてもらいました。

 この小説の構想はだいぶ前から温めていらしたそうですね。

山口 2017年からですから、もう十年越しです。きっかけは五反田の旅館「海喜館」をめぐる不動産取引で積水ハウスが五十五億円騙し取られたあの事件。偽の書類を作るプロやマネーロンダリングのプロなど専門家がチームを組んでやる詐欺なんて「オーシャンズ11」みたい! とニュースを見て大興奮しました。ただ私は事件そのものではなく人間を書きたいと思った。そこで出会ったのが、あの事件で手配師を務めた秋葉紘子が普段は清掃員をしていたという事実でした。

 「池袋の女芸能プロダクション社長」とも綽名される大物手配師、僕も取材しに行ったことがあります。

山口 掃除のおばちゃんが実はスゴ腕手配師、という二面性にも惹かれましたが、それとは別に個人的な思い入れがありまして。昔、「丸の内新聞事業協同組合」の社員食堂で働いていた頃、葛西駅から毎朝乗っていた地下鉄東西線の始発電車で、清掃の仕事に出かける中高年の方たちをよく見かけました。名前も知らない、言葉も交わさないけれど毎朝一緒になる顔なじみの女性もいたりして、もしかしたらあの始発電車に秋葉紘子が乗っていたんじゃないか。このひとを書きたい。これは私にしか書けない、絶対に私が書くべき物語だ。そんなふうに思ったんです。

 それで始発電車の場面から小説が始まるんだ。

山口 食堂のおばちゃんも掃除のおばちゃんも目立たない場所から社会を支える存在でしょう? なにか親近感を覚えてしまったんですよ。紆余曲折あって刊行まで長くかかりましたが、森さんやNetflixドラマ「地面師たち」のおかげで地面師の認知度が上がった時期に出せてむしろ良かったと今は思っています。

現実の秋葉紘子は手ごわかった

 手配師目線で考えると、なりすまし候補を見つけるのに掃除のおばちゃんという仕事は大変都合がいいんです。地主は一般的に高齢者が多く、なりすましも高齢者が必要になる。秋葉紘子の場合、掃除のおばちゃん同士の高齢者ネットワークに加え、仕事先の介護施設でも人脈を作っていた。その選択からしてプロですよね。

山口 一番スカウトしやすいのは地方の温泉場だそうですね。ワケあり女性が都会から流れてくるから。

 おっしゃる通り。流れてくる人たちもいるし、地方の温泉街には仲居やコンパニオンの派遣業をやっている暴力団系の人間がいて、彼らが手配師を兼ねているケースもあります。

山口 それで主人公の三矢唯も城崎温泉で地面師と接触を持たせました。東京から離れたい事情を持つ唯に城崎はピッタリでした。

 唯は初め騙される側にいて、そのあと騙す側に転じていくでしょう。詐欺に遭った経験をしているから詐欺を働けるという展開が非常に面白くて、こんな風に犯罪被害者が犯罪者になるパターンって現実にも結構あるんじゃないかと思わされた。

山口 よかった。寿退社に憧れる平凡で善良な女性がなぜ手配師になっていったのかを考えるのは、すごく楽しかったんですよ。

 それはフィクションの醍醐味でしょうね。でも唯はわりと可愛い、クールな中にも情がある女性じゃないですか。

山口 はい。

 現実の秋葉紘子はそんな雰囲気じゃないんですよ。自宅マンションに取材に行きましたけど、ひどく怒鳴りつけられましてね。最後はコワモテの旦那まで出てきて……とても取材になりませんでした。

山口 森さんはずいぶん前から地面師を取材していらしたんですよね。

 2015年からですね。

山口 積水ハウスの事件が起きたのは2017年6月。一般人が地面師の存在を知ったのはそこからなのに、先んじて取材していらしたとは、ジャーナリストの嗅覚ってやっぱりすごいんですね。

 それは『地面師』にも書いた渋谷区富ヶ谷の事件で被害に遭った不動産業者が、たまたま知人だったからです。彼は六億五千万円取られ、絶望して「どうしたらいいだろうか」と僕に電話してきた。もちろん警察に行くしかないんだけど、地面師詐欺は捜査が難しいからなかなか動いてくれない。富ヶ谷の事件とは別の世田谷の事件では、騙されて追い詰められた不動産業者が自殺を口にし始めていました。そこで地面師事件を雑誌に書けば警察も動かざるを得なくなるんじゃないかと思って取材を始めました。

山口 積水ハウス事件も報道が出る前から情報を摑んでいたんですか。

 そうですね。積水ハウスが騙されて社内は大騒ぎらしいという噂はリアルタイムで入ってきていました。

詐欺師は残り5%で噓をつく

山口 地面師には錦糸町グループ、池袋グループなど、いくつかグループもあると言いますが、グループを股にかけて活動する人もいるんですか。

 それがまさに積水ハウス事件ですよ。あそこに登場する内田マイク、カミンスカス操、北田文明らは、それぞれがグループを率いる親玉みたいな人物で言わばスター地面師。彼らがオールキャストで仕掛けて戦後最大規模と言われる金額を騙し取ったのがあの事件というわけです。

山口 首謀者とされる内田マイクはお金の分配がしっかりしていて人望ある人だと何かで読みましたが。

 それはちょっと違うな。それぞれが詐欺師の親玉クラスですから、みんな「俺が俺が」で、グループ内でも騙し合ってるような状態ですよ。

山口 全員がちょっとずつ裏切りあって秘密を持っているみたいな?

 そうそう。だからグループ内で情報を共有しないし、それが後々、捜査を難航させるポイントにもなっている。実際、積水ハウスの事件で逮捕された十七人のうち七人が不起訴になっています。しかも地面師事件の特徴は詐欺被害の金がどこに消えたのか分からないこと。この事件でも五十五億円が一体誰に渡ってどうなったのか捜査当局も摑めていません。それで全員が「自分は主犯じゃない。全貌を知ってるのは内田マイクだ」と言うんです。

山口 カミンスカス操は獄中から森さんに二十通以上も手紙を送ってきて「自分も騙された。金も一億しかもらってない」と訴えたんでしょう? 『地面師vs.地面師 詐欺師たちの騙し合い』を読んで仰天しました。

 詐欺師の習性ですよね。とにかく自分は悪くないと書いてもらいたいんですよ。だから取材では向こうの言いたいことは全部言わせます。結局最後に「あなたの話はおかしいですよね」と問い直していくことになるんだけれど、でも彼らがそう話したということも真実ではあるから、おかしいなと思う話も全部拾います。

山口 詐欺師の実像を知る森さんならではの言葉ですね。やっぱり彼らは喋りがうまいんですか。

 詐欺師ですからね。ペラペラよく喋りますよ。あと大きな特徴としてスピード感。喋り方が速いんです。

山口 相手に考える余地を与えず畳みかけるんだ。

 ピエール瀧の「もうええでしょう」ですよ。ワーッと話して相手を煙に巻く。詐欺師ってね、95%は本当のことを言うんですよ。残りの5%で噓をつく。そこで騙されちゃうんです。僕も騙されそうになったり、実際騙されたこともあります。

山口 大変な取材だわ……。

 いや、でも楽しいですよ。いろんな人と会えて。僕には山口さんみたいに想像力で書けるような能力がないもんだから、一つ一つ足で取材して、誰かに話を聞いて、それを提示するしかない。その辺にフィクションとノンフィクションの違いがあるんじゃないかなという気がしますね。

「殺人は素人の犯罪」の理由とは?

山口 ドラマだと地面師グループのボスのハリソン山中(豊川悦司)がやたらと人を殺すじゃないですか。でも本当の詐欺師って殺人はやらないんですよね。

 そうそう。『手配する女』に印象的なセリフが出てきますね。「素人じゃあるまいし、(人殺しなんて)そんな割に合わないことはやらないよ」と。

山口 殺人は罪が重くて懲役が長いから、生涯で一度か、凶悪犯でも二度しか経験しない。つまりみんな素人です。でも詐欺師は前科何十犯みたいな人ばっかりで経験豊富なプロの犯罪。そこが小説の題材として大変魅力的でした。

森功

 オビの推薦文に「詐欺師の魅力を描いた圧巻の犯罪ミステリー」と書かせてもらいましたけれど、本当に彼らの魅力満載でした。

山口 地面師のソロバンの弾き方は目からウロコでしたよ。たとえば一度の案件で三億儲けたら、もし捕まって三年服役しても年収一億円の計算になる。だから捕まっても割に合うんだという理屈です。

 彼ら懲役覚悟でやってますから。詐欺罪の法定刑は最長十年ですが、実際はせいぜい四、五年、長くて七、八年が相場です。積水ハウス事件は被害額が大きくて世間の耳目を集めたから、内田マイクが十二年、カミンスカス操と土井淑雄が十一年と重い量刑が下った。彼らにとってそこはだいぶ誤算だったでしょうけれど、五十五億円取れているから案件としては大成功なんですよ。

山口 引き合う犯罪と引き合わない犯罪があるという考え方ですよね。しかも、なりすまし役なんかは初犯の人が多いから「詐欺だなんて知らなかった。地主さんが病気なので代わりに契約の席に座ってと頼まれただけ」とか言い逃れのしようがあるし、情状酌量の余地もある。

 そうなんです。赤坂溜池でアパホテルが騙された事件のなりすまし役は元高校教師の男性で、起訴はされたけど認知症の症状が出て公判を維持できなくなり、お咎めなしになりました。地面師たちがそこまで計算していたかどうかは別として、認知症のなりすましを使えば事件にならないこともありうる。『手配する女』はそのあたりの現場感もすごくリアルに描いているなと思いました。

地面師に騙されないために

 つい最近も大阪で司法書士がグルになった地面師事件が起きましたが、起訴されたのは司法書士一人で、あとはなりすまし役も手配師も不起訴になった。恐らく事件の首謀者である司法書士、手配師、なりすましという詐欺の指揮系統を当局が解明できなかったからでしょう。いまや闇バイトを利用するのがなりすまし手配の主流になりつつあり、捜査も難しくなっています。

山口 それだと人間同士のつながりから追うこともできなくなってしまう。いまオリンピックや万博が終わり、バブル後みたいな状況ですよね。大規模再開発も増えていますし、これから地面師事件も増えるんじゃないでしょうか。

 実際、増えてます。大阪の方でも流行りだしていますし。

山口 私、両親と長兄が亡くなり、都内の一軒家に独りで暮らしてるんですよ。別の場所に暮らす次兄は元気ですが、たぶん順番的に私より先に死ぬ。すると私は天涯孤独になるわけで、今いる土地が地面師の餌食になるんじゃないかと不安なんです。

 不動産価値にもよりますが、そういうことは充分ありえます。

山口恵以子

山口 どんな対策をしたらいいんでしょうか。

 これははっきり言って防ぎようがないんですが、一つ言えるのは地面師に狙われやすい土地の大きな特徴として、地主と連絡がつきにくいということが挙げられます。僕の知人が騙された富ヶ谷の土地も、持ち主は普段は日本にいない台湾華僑でした。となると地主にできる自衛手段といえば登記簿をマメに確認することくらいです。具体的な不安がある方は三カ月に一回くらいがベストだと思います。

山口 あ、たしかネットでも確認できるんですよね。

 できます。それでもし勝手に売られていることがわかっても、訴えれば取り戻せますから。

山口 いいことを聞きました。周りにも教えなきゃ。それにもし騙されてしまっても「実録・私はこうして地面師被害に遭った!」とか、当事者ドキュメントを書いて売れば取り返せますしね。

 それ、どう考えても被害金額の方が多いと思いますけど(笑)。でもたくましい山口さんなら本当に回収できちゃいそうだなあ。

(2026年3月31日 紀伊國屋書店新宿本店にて)

(もり・いさお ノンフィクション作家)
(やまぐち・えいこ 小説家)

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