対談・鼎談
2026年7月号掲載
特集「新潮文庫の100冊」の50年
この街で暮らし、この街を書く
宮島未奈 × 一木けい
R-18文学賞の最終候補常連、受賞作の主人公は中学生、大人になって暮らした場所を舞台に描く──。共通点の多いお二人ですが……。
対象書籍名:『成瀬は信じた道をいく』
対象著者:宮島未奈
対象書籍ISBN:978-4-10-106142-9
恋がぜんぜん進まない!
宮島 去年R-18文学賞の贈呈式の二次会でLINEを交換しましたね。
一木 そのときに「宮島です」「一木です」とやり取りをして、今日に至ります(笑)。このたび文庫化された『成瀬は信じた道をいく』(以下、『成信』)、とても楽しく読みました。一作目の『成瀬は天下を取りにいく』(以下、『成天』)同様、滋賀県大津市が舞台でありつつ、そこから飛び出していく気配もあり、住んでいる街で善きことをしたくなる作品だと思いました。
宮島 嬉しいです。成瀬の大津愛は琵琶湖より大きいので。
一木 私は『成天』の「レッツゴーミシガン」に登場する西浦くんが大好きです。競技かるたの大会で成瀬と出会う広島の高校生。この二人、恋の進み方がゆっくりでかわいいです。
宮島 なかなか関係が進展しないですよね。
一木 私の小説だと、すぐ恋が始まってしまう(笑)。
宮島 私、一木さんの作品を全部読んでいるほど大好きなんですが、読むたびに、恋愛って実はすぐ近くにあるのかもと思わせてくれる小説が沢山あります。それに、一木さんの描く男性はミステリアスだったり、色気があったり、恋愛が似合う人が多いですよね。西浦はその対極にいるタイプかも。
一木 西浦くんや成瀬のお父さんの慶彦さんも、宮島さんの描く男性は鷹揚というか、良い意味で呑気ですよね。
宮島 『成天』を書き始めたとき、登場人物全員が、破天荒な成瀬のことを受け入れる、そういう物語にしようと決めたんです。正直、現実では万人から受け入れられるなんて無理じゃないですか。それでも、この作品は成瀬の全てが肯定される物語にしたかったんです。
一木 そこがすごく素敵ですよね。成瀬の行動は、常人には理解できないところもありますが、周りの人が受け入れているから、読者も自然と受け入れられるんだと思います。『成天』で西浦くんのことが大好きになったので、『成信』も期待して読んだら……。
宮島 出てこないんですよね(笑)。
一木 三部作の完結編の『成瀬は都を駆け抜ける』(以下、『成駆』)でふたたび登場するまで待ち遠しかったです。でも『成信』も濃いキャラクターが沢山登場しています。
宮島 北川みらいとか篠原かれんとか呉間言実とか。
一木 「ときめきっ子タイム」に登場するみらいちゃんは、とにかく可愛かったです。成瀬が幼馴染の島崎と組んだお笑いコンビ・ゼゼカラのファンで、小学校の課題として二人のことを熱心に調べるんですよね。ほのぼのとした話だと思って読んでいたのですが、終盤にドキッとさせられるシーンがあって……。あの場面は最初から決めて書きましたか?
宮島 いえ、書きながら考えました。だいたいの流れというか、プロットのようなものはあるんですが、細かいことは決めずに書き始めます。
一木 じゃあ、成瀬がびわ湖大津観光大使になる「コンビーフはうまい」で、観光大使同期のかれんさんがマニアックな質問をされるシーンも書きながら考えたんですか?
宮島 そうですね。
一木 あの場面、ピンチを乗り切る盛り上がりと、かれんさんが本当の自分を出せたことへの喜びがこみ上げてきて、泣きそうになりました。
宮島 最初、かれんはもっとイタい子として書いていたんです。内容も全然違いました。編集者の意見をもらいながら、あんなことさせてみよう、こんなことさせてみようと改稿をして今の姿になりました。
一木 すごく愛しい子ですよね。あと、成瀬のアルバイト先のスーパーに現れるクレーマーの主婦、呉間言実さんも好きでしたね。夫の祐生さんにも、宮島さんの描く男性の良さが出ていたと思います。
宮島 優しいですよね。
一木 書き置きを残して失踪した成瀬を探すために、みらいちゃんや島崎と一緒に呉間夫妻が、スーパーのイートインスペースで作戦会議をするじゃないですか。あの場面を読みながら、祐生さんの座り方が目に浮かんだんです。
宮島 え、どう座っていたんですか?
一木 絶対に脚を閉じていて、お行儀よくみんなの話を前のめりで聞いていると思いました。
宮島 あ、分かります。祐生さんは電車でもきっと脚を広げないですよね
いつか受賞するはず
一木 R-18文学賞には何回応募しましたか?
宮島 四回ですね。
一木 私もです。
宮島 一木さんが四回目で受賞されたと知ったとき、一木さんですらそんなにトライされたんだから、私は十回以上応募しないといけないだろうな、と思いました。落選したときは落ち込みました?
一木 さすがに最初の一回は落ち込みましたが、その次からは平気でした。
宮島 え、そうなんですか?
一木 いつか受賞するかなと思っていたので……。三回目に最終選考に残った作品が、女の人の体液を飲みたがる男の人の話だったんです。四回目に、中学時代の恋愛を忘れられない女性を描いた「西国疾走少女」で受賞して、友人から「三回目で受賞しなくて、本当に良かったね」と言われました(笑)。

宮島 受賞作の作風は、大切ですよね。私も成瀬で受賞できて良かったと思っています。
一木 成瀬を書く前までは、性的なことも書いていましたか?
宮島 実は書いていました。今でも濡れ場とか、すごく書きたいんです。
一木 書いてくださいよ!
宮島 いや、今は書けないです……。成瀬は小学生も読んでくれていますから、いきなり男女の話を書いたら、読者さんが驚いちゃうかなと。でも、いつか絶対書きたいと思っています。
一木 えらいなぁ。
宮島 一木さんの小説には、気持ちがずーんと重くなるようなことも描かれていますよね。物語に引っ張られて落ち込むこともありますが、それでも読むのをやめられない。
一木 私は自分自身のヒーリングのために書いているところもあります。過去と向き合って、治療するような。
宮島 小説に書くと、過去の辛さは解消されますか?
一木 解消されますよ。デビュー作の『1ミリの後悔もない、はずがない』では、父親のことをあまり書けませんでした。その後、別の作品を書いているときに、当時の担当者から「一木さんはお父さんのことを書かないと前に進めないと思います」と言われて、全てを書いたのが『全部ゆるせたらいいのに』です。そうしたら、父親への割り切れない思いが、スパッと消えたんですよ。
宮島 ちゃんと治療になったんですね。私はまだ過去の記憶に向き合いたくないので、もう少し時間がかかりそうですが、いつかちゃんと書きたいと思っています。
忘れたくない場所を書く
一木 宮島さんも私も、住んでいる/住んでいた土地を舞台に、小説を書いていますよね。
宮島 暮らしている場所って、よく知っているから書きやすいです。『成駆』は京都を舞台にしていますが、私自身が京都で大学時代を過ごしたので馴染みのある土地でした。
一木 滋賀から京都に舞台を移すとき、街の雰囲気の変化は意識しましたか?
宮島 言われてみると、ホームはあくまで滋賀で、京都は出かける場所という私の感覚は反映されているかもしれません。一木さんの『結論それなの、愛』は夫の海外赴任に同行してタイに住むことになった女性が主人公ですよね。その夫がマレーシア出張に行ったきり、コロナの影響で七カ月も帰ってこられなくなり、心細い思いをしていたところに、テオというタイ人の男性が現れて……。タイの熱気がじかに感じられる大好きな作品ですが、一木さんもかつてタイにお住まいだったんですよね?
一木 タイのバンコクに九年住んでいました。離れることが急に決まったとき、寂しくて、忘れたくないと思って、バンコクを舞台にした小説を書いたんです。花の香りや湿気、男女の愛憎とか、書いて残しておきたくて。成瀬あかりシリーズの爽やかさとは真逆ですね(笑)。
宮島 日本にはいつ戻られましたか?
一木 四年前です。久しぶりに東京で暮らして、次に出る本は東京を舞台にして書きました。
宮島 それは楽しみです。

一木 バンコクにいたころは、一時帰国もしていましたが、日本への印象がぶつ切りでした。でも、四年間日本に住んでみると、梅雨にはアジサイが咲いて、秋にはドングリが落ちてと四季の移り変わりを感じられました。それに気づいたとき、東京を舞台に書けるかもと思ったんです。ただ、実際に住んでいる場所を舞台に小説を書くと、自分の話だと思われることがありませんか?
宮島 あります! 成瀬って宮島さんですか? とよく言われます。成瀬は破天荒で大津が大好きな子で、もちろん自分に似ている部分もあるものの、架空の人物として書いています。
一木 私も全て実体験だと思われがちです。
宮島 小説に登場する大津市も、実在の街をモデルにはしていますが、あくまでフィクション。私も大津は好きですが、成瀬の地元愛とは全くの別物です。
一木 もちろん愛はたくさん込めているんですけどね。私、実は琵琶湖に行ったことがないんです。今度必ず伺います!
(いちき・けい 作家)
(みやじま・みな 作家)



