書評

2018年5月号掲載

アイドルという窓から世界を切りとる作品集

――小林早代子『くたばれ地下アイドル』

大森望

対象書籍名:『くたばれ地下アイドル』
対象著者:小林早代子
対象書籍ISBN:978-4-10-351761-0

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装画 竹井千佳

"アイドル戦国時代"と言われ出して、かれこれ七、八年。ひところのブームは一段落して、最近はメジャー系女性アイドルグループの解散が相次いでいるが(と書いている最中にも、エイベックス所属のチキパこと Cheeky Parade の解散が発表された)、テレビ朝日系オーディション番組発のラストアイドルファミリー五組をはじめ、新しいグループも続々誕生。メンバーの写真集が売れまくる乃木坂46や、不動のセンター平手友梨奈が文字どおり"空虚な中心"と化している欅坂46など、まだまだアイドルをめぐる話題は尽きない。小説の世界でも、地下アイドルに魅せられた人々を描く渡辺優『地下にうごめく星』(集英社)が三月末に出たと思ったら、四月には新潮社から、小林早代子のデビュー作となる連作集『くたばれ地下アイドル』が刊行される。
 表題作は、第14回R‐18文学賞の読者賞受賞作。選考委員の辻村深月が、"男性の地下アイドル、という設定にまず興味をそそられ、主人公が地の文で心情を語らないままに彼に惹かれ、近づき、という青春時代の不器用さが、読んでいて悶絶しそうなほど愛おしかった"と書くとおり、この短編は、地下アイドルの中では圧倒的な少数派に属するメンズユニットを扱っている。
 ちなみに"地下アイドル"とは、テレビや雑誌にはほとんど出ずに、ライブや握手会などのイベントを中心に活動するアイドルのこと。なろうと思えば誰でも簡単になれる一方、その収入だけで生活するのはむずかしい(という意味では作家に似ているかも)。応援するファンの側からすれば、大手のアイドルより距離が近く、簡単に会えて、すぐ"認知"してもらえる。
 語り手の"私"は、受験を突破して東京の私立に通いはじめたばかりの埼玉の女子高校生。同じ中学だった"内田くん"と図書館で再会し、彼が秋葉原のカフェを拠点にアイドルとして活動していることを知る。毎週末の店内ライブに加え、週2回は接客もする、メイドカフェ的なスタイル。文化系女子で、情報通を自認している(らしい)"私"は、「知的キャラでいきたいなと思ってるんだけど」という内田くんに、上から目線であれこれ指導しはじめる。対する内田くんのほうは、プライドが低い年下キャラに見えて、金を使ってくれるファンをつなぎとめるためには寝ることも厭わない。彼を通じて"私"のイタさが徐々に露わになる感じが絶妙で、綿矢りさ『蹴りたい背中』のアイドル版とも言える。
 他の四話もすべてアイドルがらみだが、本書に出てくるのは、地下アイドルだけではない。国民的スターにまで登りつめる二人組女性ユニットの軌跡を語る「犬は吠えるがアイドルは続く」。ジャニーズ系っぽい男性アイドル五人組のメンバー(十九歳)にハマった親友に引きずられるようにして、その顔真似や振りコピにハマってゆく就活中の女子大生を描く「君の好きな顔」。中学二年生でデビューして大人気を博した二人組の元アイドルを母に持つ中学二年生の男女が親に内緒でつきあいはじめる「アイドルの子どもたち」。
 どの短編も語り口が鮮烈で会話のテンポもすばらしく、"アイドルのリアル"をいろんな角度からシャープに記録している。ハロヲタ(ハロー!プロジェクトのファン)である僕が個人的にいちばん共感したのは、巻末の書き下ろし「寄る辺なくはない私たちの日常にアイドルがあるということ」。入社三年目で仕事に倦怠感を覚えつつある"私"(女性)の"推し"(ハマっている対象)は、大手アイドル事務所の研修生。AKB/ハロヲタ用語で言う、"研ヲタ"ってやつですね。本文を引くと、
〈私はステージに立っているアイドルを見ててももちろん泣けるけど、ステージの外の、ベテランの振り付け師に叱責されてるとことか、撮影の合間にメンバーとじゃれてるオフショットを見るともっと泣ける。この子たちが選んできたものと切り離してきたもの、これから掴み取るものに思いを馳せて泣ける。そういう彼ら彼女らの物語をおかずに白飯を食っているのだ〉
 こういう感覚を共有できる読者にとって、本書は(世代と性別を超えて)ものすごく胸に響くし、今のアイドル事情に疎い読者にも、"アイドル(またはアイドルオタク)という生き方"が特殊でも何でもなく、誰にでもわかる普遍性を持つことが納得できるはず。アイドルという窓から、世界が輝く一瞬を鮮やかに切りとる、極上のデビュー作品集だ。

 (おおもり・のぞみ 書評家)

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