対談・鼎談

2018年5月号掲載

バンチコミックス『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』刊行記念対談

どんな人も生きてていい

こだま × ぺス山ポピー

周囲にひた隠してきた自分の被虐趣味=マゾヒズムを突き詰めるために、主人公は行動を開始する――。
インターネット上で圧倒的なアクセス数を誇る漫画『実録泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』の1巻が刊行された。
漫画家と、誰にも言えない秘密を赤裸々に綴ってベストセラーとなった話題の作家が語り合った。

対象書籍名:『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』(バンチコミックス)
対象著者:ペス山ポピー
対象書籍ISBN:978-4-10-772062-7

こだま 作品を読んで、とても衝撃を受けました。私の知らない世界で、こんな悩みを抱えている方がいるんだとページをめくりながら、驚きの連続でした。複雑な身体と性自認を巡る悩みを主題にしているのに、それほど感傷的にならず、作品の中で自己分析をしっかりしていますよね。自分は一体、何者なのかを人に会って探求しています。なぜ、こんな問題を抱えているのか。どうして、自分がこうなってしまったのかを丁寧に描くことで、主人公の悩みが読者に届く漫画になっていると思いました。「周囲に理解されにくい問題」を描いている、この作品を私はとても共感して読みました。

ペス山 ありがとうございます。恐縮です。こだまさんが書かれた作品をずっと愛読していました。悲痛な経験をしているのに、文章の中で乾いた笑いも織り込んでいる。そうかと思えば、次のページでは辛いことも書いている。「悩みを明るく笑い飛ばす」だけでなく、辛いことや痛みを感じたことをちゃんと「痛い」と書いているところが、すごく好きです。読みながら、こんな自分でも生きていていいんだと思えてきます。勝手に人生の師匠だと思っていたので、そんな方から褒められて本当に嬉しいです。

こだま 私は辛いだけの話は書かないようにしているんです。辛い話を書いたら、同じくらい笑えるように書こうと思っています。そこを読み取ってくれて、私も嬉しいです。

ペス山 前作『夫のちんぽが入らない』のほうが読んでいて辛かったんです。もちろん大好きなんですけど、作中にタイトルと同じ刺激的なワードがリフレインのように、繰り返されますよね。それが初めは笑えたのですが、段々と辛くなってしまって......。最後まで読み終えると「すごいものを読んでしまった」という充実感と疲労感と悲しみが合わさって、ごちゃ混ぜになったような感覚になりました。それが新作『ここは、おしまいの地』は読んでいると、軽やかな印象を受けます。前作は吐き出すような感じですよね。前作があったから、軽やかな読み心地の文章になったんですか?

こだま 前作を書きつつ、同時進行で連載していたエッセイが新作なんです。前作は自分の悩みをテーマにしていて、普段は絶対に書かないような話を書きました。逆に、新作のほうは普段のブログのように気軽に読めるようなエッセイを目指したんですよね。

ペス山 私は悩みをためずにさらけ出してしまうタイプなんです。こだまさんは卒業文集の「秘密の多そうな人」「早死にしそうな人」ランキングで1位になったと書いてますよね。私は小学校の時の卒業文集で「テレビに出そうな人」で1位だったんです。小学4年の時は友達がいないことを担任も親も問題だって思っていたんです。そこから卒業まで痛々しいくらい明るくしました。私って痛いけど面白いでしょって振舞っていたんです。でも、無理していたんですよね。躁状態と鬱っぽい状態を繰り返していて......。中学生の時には「冬っぽい人」ランキング1位。要は根暗ってことですよね。3年で燃料が切れたんです(笑)。

こだま 私は友達がずっといなかったんですよ。インターネットができて、自分のことが書けるようになって楽しかったんです。ペス山さんは作品にも躁鬱っぽいところがでていますよね。落ち込んでいるかと思ったら、吹っ切れて出会い系サイトにアクセスして人と会っています。ペス山さんは私と違って、幼少期から暴力シーンをみて興奮するという自分を理解しようとしていますよね。

ペス山 私は理屈をくっつけるのが好きなんです。「普通じゃない自分」というのを理屈づけることで、周囲に押し付けられる「普通さ」から身を守ろうとしたところがあります。小さい頃から社会規範にあわないというか、協調性がないタイプでした。要するに、空気が読めない子供だったんです。家の中からも外からも小さい頃から「他人と違う」と言われ続けたので、自分の立ち位置がよくわからなくなって、理屈をつけていたのかなぁと思っています。この漫画にもそれが出ているんじゃないですかね。それが面白いのか、痛々しいのかはわからないんですけど......。せめて、笑ってほしいんですけどね。

こだま 痛々しいとは思わなかったですよ。なんでだろうと思ったら解決しようという気持ちが作品に出ているじゃないですか。まずボクシンググローブを買いに走るとか。ペニスバンドをつけたパンツ姿になって、鏡の前に立ったシーンで浮かべている悦びの表情に笑ってしまいました。鏡を見たときに似合っていることがわかり、それが嬉しいというのが伝わってくるんですよね。でも次のページになると、もう一度自分が「女性」という性自認であったことが一度もないという悩みに戻っている。作品の中で自分をどんどん解放していって、「普通じゃなさ」に向き合おうとしている。読者も一緒になって、ペス山さんと悩みをどうしたら解決できるのか探していけるんですよね。ちょっと気になっていたんですけどペス山さんのように性自認が男性で、性対象も男性という女性ってご自身で出会ったことはあるんですか?

ペス山 友達にも二人いるんです。それだけでなく読者からも「私も女性の身体が嫌なんです」という感想をいただきました。女性でも自分の身体が嫌で、自分の身体を脱ぎたいという人はいるんだなと思いました。私の性自認が男性寄りなのも、果たして最初からなのか。女性である自分の身体が嫌だから男性寄りになっているのか。そこはわからないんです。

こだま ペス山さんの場合、マゾヒストという性嗜好が入ってきて、さらに複雑に絡みあっているタイプですよね。それでも作品を出すことで、同じような悩みの方に届くんだろうなぁと思いました。

ペス山 そうなんですよ。私のような悩みをもつ人なんていないと思っていて、せめて、こんな自分を笑ってくれと思って描いていたんです。だけど、共有してくれる人がいる。自分の性自認について描いた9話、10話を公開するときは本当に緊張して「悩みが複雑なので読むのやめる」なんて感想がきたら、自分は血反吐を吐いて死んでしまうと思ったんです(笑)。描いていくことで「あぁ自分は誰かにわかってほしかったんだ、実は寂しかったんだ」ということがわかりました。寂しさは「普通さ」に対する憧れなのかもしれないですね。

こだま 私は、夫と二人ならいいんですけど、そこに「世間」が加わると、自分は普通じゃないんだと思ってしまっていました。子供もいないし、それどころか夫とセックスもできない。親からも早く子供を産まないのか、と頻繁に言われていました。どうしても、普通じゃない自分を意識させられるというか......。

ペス山 前作でこだまさんのお母さんが夫の実家に謝りにいくシーンがありますよね。きつい~と思いながら読みました。私も祖母から「結婚して子供を産まないと人間として生まれてきた価値がないんだよね」と普通に言われます。優しいおばあちゃんで好きなんですけど、ぽろっと言われると傷つくんですよね。

こだま きっと「正義」で言っているんですよね。だから悪気もない。彼女たちは自分とは違って、それが当たり前だという価値観で育ってきたと思うことで、私は納得しています。自分は自分で生きていこうと思ったんです。

ペス山 そう思えたのはなにがきっかけだったんですか?

こだま 本を書いて、出版したことですね。それまでは自分は恥ずかしい存在だという思いが強すぎたんですけど、本を出したことで、自分と同じようなタイプが世の中には確かにいるとわかって、普通じゃない自分を開き直れたんです。私はこのまま「入らない自分」でいいんだ、それを書いていこうと思ったんですよ。

ペス山 書いたことで変わる、というのはありますよね。この漫画も読んで、「わかります」って反応と同じように「気持ち悪い」って反応もあります。私はそれでちょっと安心できるんです。「複雑な自分がかわいそう」感を出しすぎると、思っていても気持ち悪いって言いにくいじゃないですか。

こだま あんまり「かわいそう」感は出ていないですよ。理屈で書いてあるから、立場を超えて、あらゆる「自分は人と生き方が違うと思っている」人への励ましになっていますよね。この作品を読むといろんな生き方があるんだ、あっていいんだと思える。違うってことにみんな悩んでいて、だから自分だけが違うことにそこまで悩まなくていいんだって言ってもらえる気持ちになれます。

ペス山 嬉しいです。いろんな人にそのままでいいんだって思ってほしくて描いた漫画でもあります。特に一人あげるとしたら小さい時の自分に読んでほしい、と思って描いています。性の話だからR指定つけるんじゃなくて、誰にも言えない性の話だからこそ小さな自分に届けたいんです。子供の時は視野も狭いから、無理もして自分を追い詰めるんですよ。本当は無理しないでいいって誰かに言ってほしかった。私はこの漫画に、そんな気持ちも込めました。

こだま 「実は声に出せない気持ち」がでている作品になってますよ。私も『ここは~』では、例えば就きたい仕事に就けずに落ち込んでいた当時の自分に向けて書いています。自分の思い通りにならなくても、だから別の可能性が広がって今がある。失敗や辛いことがあっても作品にできる。そんなに落ち込むことはないってことが今はわかるんです。

ペス山 辛いことを辛いって言うのは勇気がいることですよね。それはネガティブだって一刀両断される話じゃないですよ。

こだま 前作を出した時に「世の中のまだ誰も知らないことを明らかにすることが文学だ」ということを書いてくれた方がいました。ペス山さんの漫画も同じですよね。内に込めている秘密をさらけ出す。それで、みんながこんな生き方をしていいんだって思える。だから2巻が気になりますよ。1巻はいよいよ恋に落ちるのか、というところで終わりますよね。

ペス山 1巻は今まで脳内で抱いていたファンタジーを現実化したことで終わりました。2巻以降は自分の理屈が通用しない世界に踏み込んでいくというイメージです。私もこだまさんの次回作が......読みたい。

こだま 次は創作に挑戦します。構想はもう決まっていて、実際に私が出会った障害を持った男の子を主人公にした小説です。あと『夫のちんぽ~』が今年は漫画化、実写化と続くのでそちらも楽しみにしています。

ペス山 いや......もう楽しみですね。きょうはありがとうございました。聞きたかったことが沢山聞けました。

 (ぺすやま・ぽぴー 漫画家)
 (こだま 作家)

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