書評・エッセイ

2020年4月号掲載

〈日本ファンタジーノベル大賞2019〉受賞作 刊行記念特集

前代未聞の偽史ファンタジー

大森望

対象書籍名:『約束の果て 黒と紫の国』
対象著者:高丘哲次
対象書籍ISBN:978-4-10-353211-8

 一九八九年にスタートした日本ファンタジーノベル大賞の第一回受賞作は、酒見賢一の名作『後宮小説』。それから三十年余の歳月を経て、ふたたび中国風の架空歴史を題材にした、独創的なデビュー長編が登場した。「日本ファンタジーノベル大賞2019」を受賞した高丘哲次『約束の果て 黒と紫の国』(応募時タイトル「黒よりも濃い紫の国」)である。
 小説の背景は、伍州と呼ばれる(中国っぽい)架空の大国が存在する世界。その伍州の南端に位置する三石県で、矢を象った青銅の装身具が発掘されたことから物語が動きはじめる。その装身具には、「壙(こう)国の螞九(ばきゅう)なる人物が、ジ(※)南(じなん)国の瑤花にこの矢を贈りたい」という意味の銘文が刻まれていた。だが、伍州の史書には、どちらの国もまったく出てこない。もしやこれは、歴史的な大発見ではないか? そう勢い込んだ伍州科学院考古学研究所の所長から調査を命じられた考古学研究者の梁斉河(りょうせいか)は、研究所の付属図書館に二カ月籠もり、ついに壙とジ南の二国が出てくる二つの文献を発見する。すなわち、通俗的な読本として流通した(一種の小説とも言うべき)『南朱列国演義』と、偽史もしくは奇書と見なされている『歴世神王拾記』。交互に引用されるこの二つの(架空の)文献の中身が『約束の果て 黒と紫の国』の大部分を占める。
 外枠にあたる現代パートの語り手である田辺尚文は、梁斉河の息子から、青銅の矢と二つの文献を託された田辺幸宏の息子。父親の死後、それらを受け継いだ尚文は、父の遺言を果たすため、伍州に渡ることになる。
 小説の冒頭には、"長い旅だった。/距離のことではない。/私たちが歩んだ道のりは、わずか五メートルを埋めるためだった。たったそれだけのために、五千と七十年の月日が過ぎ去った"と記されている。尚文のこの独白はいったい何を意味するのか――という謎をフックにしつつ、二つの文献からの抜粋が記される。
『南朱列国演義』は、伍州を統べる壙王・螞帝(ばてい)の第四三二〇一王子・真气(しんき)が、祭祀をおこなうため、はるか南のジ南国に赴くところから始まる。大きな冕冠(べんかん)をかぶり、目を隠した王子を迎えたのは、ジ南国の第一王女と名乗る天衣無縫な童女・瑤花。こちらのパートは、この二人の交流が中心になる。
『歴世神王拾記』のほうでは、伍州全土を征服した王の中の王・螞帝の来歴が、痩身矮躯の少年・螞九と、不思議な童女・瑤花の出会いから語り起こされる。
 この二組のボーイ・ミーツ・ガールがどこでどう合流するかが焦点だが、物語としての読みどころは、想像力の限りをつくした壙国の成立事情と、さらにそれを上回るスケールで語られる壙国とジ南国の決戦にある。クライマックスでは、SF的なアイデアとファンタジー的な奇想が炸裂。さらに本格ミステリ的な仕掛けまで鮮やかに決まり、唖然茫然、開いた口がふさがらない。まさか、アレがそういう伏線だったとは! 前代未聞大胆不敵驚天動地、こんな歴史ファンタジー、いまだかつて読んだことがない。
 選考委員の恩田陸は、選評で、"偽史と小説の、堂々たる、それでいて飄々としたおかしみのある語りっぷりは大したものである。その語りが寓話性、神話性を帯びているところも魅力的だ"と書いているが、まさにそのとおり。いかにもありそうな中国風の歴史物語と偽史の体裁をとりながら、少しずつ奇妙な(ありえない)要素を増やし、大陸的な大らかさですべてを包み込んで、ゆっくりと全体像を浮かび上がらせてゆく語り口は抜群にうまい。
 それと反対に、枠物語の効果と現代パートの語りについては、三人の選考委員(あとの二人は、萩尾望都と森見登美彦)がそろって厳しく注文をつけているが、小説新潮に掲載された応募原稿バージョンとくらべてみると、問題の外枠部分については単行本化に際して全面的に改稿されたらしく、間然するところのない仕上がりになっている。
 語りたいことはいろいろあるが、これ以上はなにを書いてもネタバレになりそうなので、ぜひ実物を読んで仰天してほしい。綺羅星のごとき日本ファンタジーノベル大賞受賞作群の中でも、きわめつきに新鮮かつユニークな読書体験を保証する。
※ジ=「裁」の「衣」部分が「至」

 (おおもり・のぞみ 書評家)

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