書評

2020年7月号掲載

見てきた〈ように〉嘘を吐く

古野まほろ『新任警視』

古野まほろ

対象書籍名:『新任警視』
対象著者:古野まほろ
対象書籍ISBN:978-4-10-100475-4/978-4-10-100476-1

――まずは刊行後の感想を。

「平成30年に脱稿・出版の予定だったが、体調の問題もあり、また作品として難産だったため2年も遅れた。その2年間、本作品はずっと懸案だった。今は燃え尽きている」

――なぜ難産だったのか。

「この〈新任シリーズ〉はいずれも私の実体験を基にしているが、今般の『新任警視』は特にその傾向が強い。そして人は、己の率直な姿と直面したくはないものだ。苦い」

――では、今般の作品が最もリアルだということか。

「ある意味においてそうで、ある意味においてそうでない。これはノンフィクションでも暴露本でもない。小説だ。素材をそのまま並べればよいというものではない。素材を基にお伽噺(とぎばなし)を書くのが小説。例えばSF。設定がどれだけリアルでも全て空想・架空だ。〈新任シリーズ〉も同様。素材を吟味(ぎんみ)し、徹底的にリアルな設定を調(ととの)えるが、調理し終えたモノは全て空想・架空だ。それを明確にするため、このシリーズでは舞台となる都道府県さえ『愛予県』なる架空の県としている。見てきたように嘘を吐いている」

――そうは言っても、緻密(ちみつ)さ・リアルさに魅了されたという声は多い。警察の仕事の現実が分かったと。

「それは『実に設定がリアルなSFを楽しめた』ということと同じ。ただSFを通じて現実の科学的知見がふえるのは、読書体験として痛快だろう。私自身もそうである。実際に調理されたモノを通じ、素材の質や鮮度、あるいは個性をも味わっていただけるのなら、嘘吐きとして嬉しい」

――実体験でありお伽噺というところがよく分からない。

「そもそも私は本格ミステリ作家ゆえ、作家として人を無数に殺しているが、それはまさか実体験ではないだろう。ただ私は強行刑事の経験を積ませていただいた。こと死体なら無数に見ている。出会った被疑者の数より見ている。また捜査本部員の経験も捜査本部を指揮した経験もある。人殺しがあると手続的・実務的にどうなるのかも解る。それがお伽噺としての連続殺人だの見立て殺人だの3000人殺しだのに必ず活きる。大嘘を真摯(しんし)に支えてくれる」

――今般の『新任警視』の特徴を大きく挙げるとすれば。

「シリーズを通じ、設定として最もリアルで、だが小説として最も嘘を吐いていること。公安警察の物語など、実際の、現実の真実でさえ嘘話で神話みたいなものだ。その精密に過ぎる設定と、お伽噺としての『むかしむかし......』の落差が特徴。頷(うなず)きながら唖然(あぜん)としていただければ」

――公安警察小説としての難しさはあったか。

「私は古巣と円満離婚している。守秘義務違反や誹謗中傷や面白可笑(おもしろおか)しい暴露など、古巣を裏切る真似はできない。よって『どれだけリアルな桃太郎を書くか』で腕が試された。といって、公安部門は最近また大いに興味を持たれている。手に取る方の御期待も裏切れない。そのバランス」

――特に、何が売りだと思うか。

「生々しいお仕事小説であり、若者の傲慢(ごうまん)と成長を見詰める青春小説であり、当然、フェアな謎解き=本格ミステリであること。警察小説として楽しんでいただいてよく、青春小説として苦笑いしていただいてよく、本格ミステリとして謎解きをしていただいてよい。はたまた何も考えず、腕の筋肉を鍛えていただいても導眠剤としていただいてもよい。お客様がよいようにしていただければしあわせだ」

――どこか投げ遣りだが。

「どの作品にも全力投球しているが――性格的に過集中(かしゅうちゅう)の癖(へき)がある――今般の〈新任警視〉ほど臓腑(ぞうふ)をえぐりながら書いた小説は、デビュー作品以来なので。恥、虚勢、見栄、懐旧、失望、あこがれ。そうした隠しておくべき己が、お伽噺ゆえより強烈に、より色濃く反映される。私という作家そのものを知りたい人がおられるなら、本作品をお読みいただくのが最短ルートだ。そうした意味で燃え尽きている。『鏡を見ながら古傷を書き続けた』からそうなる」

――とはいえ、〈新任シリーズ〉は好評のようだが。

「お陰様で累計10万部を超えた。師匠方に比べれば依然不徳の至りだが、多くのお客様に楽しんでいただけているなら冥利(みょうり)に尽きる。本作品を捧げた、昔の仲間にも言い訳と顔が立つ。病気のこともあり、何の虚勢もハッタリもなく明日死んでよいと考えている私だが、生かされている内は御期待に応えたい。死ぬときはパソコンかゲラの前だ」

 (ふるの・まほろ 作家)

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