書評・エッセイ

2020年9月号掲載

われわれには「悪党」が必要である

君塚直隆『悪党たちの大英帝国』(新潮選書)

細谷雄一

対象書籍名:『悪党たちの大英帝国』(新潮選書)
対象著者:君塚直隆
対象書籍ISBN:978-4-10-603858-7

 バロック期イタリアで活躍した画家カラヴァッジョの描く人物画は、その鮮烈な光と陰のコントラストが美しい。まるで光に照らされて対象の人物が浮かび上がるような生き生きとしたその描写は、背景となる暗い闇によって生み出される。わが国における代表的なイギリス史研究者、君塚直隆氏の最新の著作である本書は、これまでのものとはだいぶ趣が異なる。何しろ本書は「悪党」の群像劇を描くのだから。いわば「悪党」という深い陰を描くことで、イギリス史を再構築する野心的な試みである。読者は、本書で次々と登場する「悪党たち」の活躍に、すぐさま引き込まれ急いで次々とページをめくることであろう。
 本書では、ヘンリ八世、クロムウェル、ウィリアム三世、ジョージ三世、パーマストン子爵、デイヴィッド・ロイド=ジョージ、そしてウィンストン・チャーチルという七名の「悪党たち」が登場する。ロイド=ジョージやチャーチル以外の人物は、世界史に一定以上の関心を寄せる読者でなければ、それほど詳しくその人物像に触れる機会はないかもしれない。
 君塚氏は、「はじめに」のなかで、そのような「悪党」を、「ちょうど日本中世史に登場する『悪党』のように、公式の荘園支配(守護や地頭らによる支配)の外部からまさにアウトサイダーとして登場し、いつしか荘園体制を崩壊に導いていった武士団のような存在をイメージしている」と説明する。なるほど、歴史を動かす「アウトサイダー」こそが、本書の主役なのである。イギリス人は、「アウトサイダー」に優しい。そのことは、カール・マルクスのような亡命者を受け入れ、擁護してきたイギリスの歴史が雄弁に示している。
 本書と似たような構造をもつ著作として、二〇世紀イギリスを代表する歴史家、A・J・P・テイラーの『トラブルメーカーズ――イギリスの外交政策に反対した人々(1792―1939)』(真壁広道訳、法政大学出版局、二〇〇二年)がある。テイラーはその著書の中で、通常のイギリス外交の通史では脇役となるような「急進主義の伝統」に連なる何人もの「異端者たち」を登場させる。君塚氏が「悪党たち」に優しいように、テイラーもまた「異端者たち」に優しい。というのもそれらの人物が、同時代の多くの人が気づかぬ真実を語り、また後の時代でなければ気づかないようなかたちで歴史の歯車を動かしてきたからだ。
 君塚氏は、本書に登場する「悪党たち」がイギリスの政治や社会を変革し、イギリス史を動かす原動力となっていた事実を見逃さない。各章の冒頭には、その章の主役である「悪党」を罵り、非難する、同時代的な証言が引用されている。たとえば、経済学者のジョン・メイナード・ケインズは、本書に登場するロイド=ジョージを嫌悪して、「からっぽで、中味がない」人間であって、「吸血鬼(ヴァムパイア)と霊媒を一緒にしたようなもの」と痛烈に侮蔑する。またチャーチルの章では、冒頭に、帝国主義者チャーチルを非難するインドのガンディーの言葉が掲げられている。君塚氏の表現を借りれば、チャーチルは、「世紀の英雄」としての顔と、「独りよがりで傲慢な帝国主義者のお坊ちゃま」としての顔と、双方を持ち合わせている。それこそが、カラヴァッジョが人物を描く際に光と陰を組み合わせたような、人物を描写する際の立体感を生み出しているのではないか。
 そして、本書の「おわりに」のなかで、アクトン卿のあまりにも有名な一節、すなわち「絶対的な権力は絶対的に腐敗する」という言葉が引用されている。だが、この有名な言葉の後に、あまり有名ではない次のような一文が続くことを、私は知らなかった。すなわち、「偉大な人物というのは大概いつも悪党ばかりである」。
 光が強ければ、陰も深い。偉大な業績を残した人物の粗探しをして、批判を浴びせるのは容易である。だが、もしもその人物をより立体的に、より生き生きと描写するのであれば、光と陰との双方を組み合わせねばならない。そして、君塚氏が語るように、「彼らが残した業績が、その時々のイギリスや世界にとっては極めて偉大なものであり、またその数々の『悪徳』にもかかわらず、彼らが同時代の人々の多くから一定以上の支持を集めていたことは疑う余地がない」のである。歴史は裁判ではない。その対象となる人物のより深い理解こそが、よりよい歴史を生み出すのであろう。本書の最大の功績の一つは、歴史において人物を描く際に、そのような重要な教訓を教えてくれたことではないか。
 さて、本書でも最後の方に登場するボリス・ジョンソン首相という新しい「悪党」が、はたしてコロナ禍の現在において偉大な業績を生むことができるのか。あるいはそれができずに歴史の舞台から退場するのか。本書を楽しみながら、もうしばらく観察することにしよう。

 (ほそや・ゆういち 慶應義塾大学教授)

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