対談・鼎談

2022年3月号掲載

『敗北からの芸人論』特別記念鼎談

「腐り」の先の徳井だけの芸とは?

徳井健太 × オークラ × 佐久間宣行

「負けを味わった奴だけが売れる」をテーマに、どん底から這い上がった21組の芸人の生き様を、新刊『敗北からの芸人論』に熱く綴った徳井健太さん。
そんな徳井さんの再ブレイクのきっかけともなったお笑い番組『ゴッドタン』のプロデューサー・佐久間宣行さんと、同番組の放送作家・オークラさんとの初鼎談が実現!
「腐り芸人」誕生秘話、ダウンタウンからの解脱、『ゴッドタン』のこれからについてなど、お笑いへの熱と愛に満ちた時間となりました。

対象書籍名:『敗北からの芸人論』
対象著者:徳井健太
対象書籍ISBN:978-4-10-354441-8

死ぬ気で臨んだ「腐り芸人」企画

佐久間 僕は二人ともラジオのゲストに来てもらったことがあるけど、徳井くんとオークラさんはほとんど話したことがないんじゃない?

オークラ (千鳥の)ノブさんも一緒に、一度飲みに行ったことがあるよね?

徳井 え、僕ですか?

オークラ だいぶ前のことで、(とにかく明るい)安村くんも一緒だった。

徳井 ないと思いますけど……。(『ゴッドタン』の)「腐り芸人」企画よりも前ですか?

オークラ そうそう。一緒に撮った写真がまだスマホに残っているはずだけど、そう言われると自信がなくなってきた……。

徳井 その飲み会に僕はいなかったと思うのは、そこでオークラさんがノブさんに言った「『ゴッドタン』を普通の番組だと思わないでくれ」という強烈な一言を、のちにノブさんから聞いたからなんです。

佐久間 オークラさんがそういう話をするのは、すごく酔っ払っているとき(笑)。

オークラ 今をときめくノブさんに対して……お恥ずかしいです。

徳井 ノブさんが今ほどの超売れっ子になる前のことだったと思います。「『ゴッドタン』はスタッフみんなで絶対に面白くなる台本を作っているから、それを超えてもらうためにも、安心して砕け散る覚悟でやってくれ」って。そのために「1週間のうち3日間も、みっちり企画の打ち合わせをしてるんやて。3日間もやで?」と、ノブさんはかなり驚いていました。僕が「腐り芸人」のオファーを受けたのはその少し後なので、いつも「死ぬ気でやろう、砕け散ろう」と覚悟して収録に臨んでいて、今回の本で『ゴッドタン』と佐久間さんについて書いた章の冒頭にも同じ話を書かせてもらったんです。

佐久間 「腐り芸人」はもともとハライチの岩井(勇気)くんがテレビのバラエティに対して本音をぶちまけるのが面白くて始まった企画で、そこに同じように腐っていたインパルスの板倉(俊之)くんが加わって。で、もう一人誰か入れたいと考えたときに、「腐り方」の方向が同じじゃない人の方が面白いって、徳井くんの名前が挙がったんだよね。その時点での徳井くんは、腐っているというよりは、「諦めている」印象だった。

オークラ そうですね。一貫して、冷めていて人や物事を突き放しているイメージでした。

佐久間 最初から「腐りの先」にいたとも言えて、「自分はもう諦めた人間だから、俺のことはいいでしょう」という立場の人だったんだけど、企画を何度かやっていくうちに、徳井くんは変わっていって……。

オークラ 人に希望を与えるモードになっていきました。

佐久間 そうそう。今でも他の二人は腐ったままだから(笑)、いてくれて本当に良かった。

徳井 ありがとうございます。すごく嬉しいな……。

オークラ 諦めたところはありながらも、少しずつ“人間”になっていったというか。

徳井 はははは。

オークラ 悩める芸人の話を3人が聞いて救済する「腐り芸人セラピー」という企画では、セラピーと言いながら岩井くんと板倉くんが相談者を腐しまくっても、徳井くんは救う方向で展開し続けてくれて。芸歴22年の間にどん底も経験して、救世主みたいな思想になったのかなって僕は勝手に思っていますが(笑)。この本もそうだけど、誰かを全力で肯定することが徳井くんの人格の本質になっていったんじゃないかな。

徳井 企画が始まって5年にしては、人格変わりすぎですね~(笑)。

「ダウンタウンしか認めない」からの解脱

佐久間 この本ですごくいいなと思ったのは、先輩後輩関係なく、取り上げているすべての芸人に対して、徳井くんが憧れの目線で考察しているところ。これは「腐り芸人」企画ともまた違った視点だよね。

徳井 それについては、芸人仲間からもよく言われます。自分以外の芸人に対して、「面白いな、いいな」って尊敬の念を抱くことは僕にとってごく自然な感情で、逆になんでそう思わないんだろうと不思議になるくらいです。

オークラ 素直だね~(笑)。

徳井 「自分が出ていないバラエティをそんなにたくさんよく見られるね」とも言われるんですが、そんな僕でも芸人になってしばらくは、テレビをまったく見られない時期がありました。

オークラ 『はねるのトびら』とか?

徳井 『はねる』とか『ワンナイR&R』とか、『ヘキサゴン』もほとんど見られず、いま振り返るとただの嫉妬なんだと思いますが。

オークラ 僕にも似たような経験があって、芸人を目指していた頃、『めちゃ×2イケてるッ!』や『笑う犬の冒険』なんかは見られませんでした。

徳井 「自分の方が面白い!」という自意識ですか?

オークラ それもあるけれど、それ以上に、「ダウンタウンしか面白いと認めたくない」という、なかば狂信的な思い込みからかな。放送作家になってから、番組の作り方を勉強するために見たら……当然、めちゃくちゃ面白かった(笑)。

徳井 ダウンタウンさんと言えば、本では東野幸治さんのことも書かせていただいたのですが、20代でコント番組をはじめ、ダウンタウンさんとの濃密な共演を経験した東野さんは、その圧倒的な面白さに対して、「自分の世界にダウンタウンはいないものとする」と決めて生きてきたそうです。僕からしたら、東野さんの面白さも圧倒的なのに、「最初から負けると決まっている戦いはしない」ともおっしゃったので、心底驚いて。でも東野さんがそれほどに崇拝し畏怖するのも仕方ないというか……。「ダウンタウンにはなれない絶望」というのはある年代のほぼすべての芸人が抱く感情だと思っていて、この本を書いた動機の一つでもあります。

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佐久間 そもそも徳井くんはどんなモチベーションで芸人になったの? 自分には才能があると信じて、誤解してお笑い芸人になろうとする人がほとんどだと思うけど、徳井くんはその「誤解」がどのくらいだったの?

徳井 僕はもともと料理人を目指していました。でも高校のクラスで一番人気があって、しかも“ダウンタウンオタク”の女子に「徳井くんは芸人になった方がいいよ」って突然言われたんです。「もっと明るくて面白いやつ、他にいるだろ」と反論したのですが、「いや、徳井くんみたいな人が一番面白いと思う」と即答されて。それで芸人になることにしました。

オークラ 女子からの何気ない一言が決定的に効くのは……よくわかります。

佐久間 上京してNSC(吉本興業の芸人養成所)に入ってからも、その言葉だけを道しるべとして、灯台の光として頑張ったの?

徳井 そうです。でもNSCに入ったら、のちに「ピース」を組む綾部(祐二)と又吉(直樹)くんと同期で、二人はその時点ですでにものすごく面白くて……あっという間に心は折れました。もうパチプロにでもなるかなーって授業にも出ず何もしないまま1年過ごして卒業したら、その1ヶ月後くらいに喋ったこともない吉村(崇)から電話がかかってきて、「コンビを組まないか」と誘われたんです。つまりは、他人に言われるがまま流されて、今に至ります(笑)。

佐久間 そうか、だから芸能界全体に対して、確固たる傍観者の視点があるのか。

徳井 そうなのかもしれません。千鳥さんみたいに学生時代から漫才やって人気者でした、みたいなエピソードは一つもないですし。

オークラ 芸人にはあんまりいない、不思議な経歴だね。

佐久間 とはいっても、芸人さんというのは全員、どこかで自分の面白さを信じてその世界に飛び込んでいる、飛び込む勇気がある人たちだと僕は思っていて。徳井くんしかり、かつて芸人だったオークラさんしかり。いまはフリーランスになったけれど、僕自身は大学を卒業してサラリーマンになった人間だから、余計にそう感じるんだよね。だから、この本を読んでいて、そこの部分――芸人さんたちが「自分のどこが一番面白いと思っているか」という部分に触れることができたのが、特に面白かった。

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オークラ たとえ1ミリだとしても、「この部分では誰にも負けない」「この角度からなら俺が一番」という気持ちは確かにどの芸人にもありますよね。

佐久間 そうそう、その自信の在り処(ありか)がそれぞれどこなのかということは、僕が作り手側としていつも意識しているところです。いま話していて思ったけれど、徳井くんがこの本で考察しているのは、各芸人さんのそういった「核の部分」じゃないかな。

徳井 なるほどー!

オークラ 「芸人っぽくない褒め方をするな~」と僕が感じていたのは、それが原因ですね。

徳井 え、どういうことですか?

オークラ 取り上げている芸人に徳井くんが芸人として勝っているところを、少しも書いていないでしょう?

徳井 誰にも勝ってないと思っているのかもしれません(笑)。

オークラ それはそれですごいな(笑)。でもこれは立派な「芸」だよね。人を分析するという芸。

徳井 僕としては分析や批評をしているつもりはなくて、例えば「人より前に出て大きい声を出すってことは話を振られるのが苦手なのかな」というように、興味を持って見ているだけなんです。あまり深い意味はないというか……。

オークラ 深い意味はないのに、256ページも書いたの?(笑)

徳井 良いところ、褒めたいところがたくさんあった、ということにしましょう!

『ゴッドタン』の役割、とは?

徳井 ニューヨークやシソンヌ、ダイアンに5GAPなど、『ゴッドタン』によく出演するコンビについても書かせてもらいました。

佐久間 正直な話、『ゴッドタン』には僕やオークラさんはじめスタッフが本当に面白いと思う芸人さんしか出ていないから、褒めるところだらけだったでしょう?

徳井 今の言葉、みんな嬉しいだろうなぁ。佐久間さんのラジオに出させていただいたとき、相方の吉村を『ゴッドタン』に呼ばない理由も話してくれましたよね。

佐久間 『ゴッドタン』では、ゲストで来る芸人さんのキャラクターの「世間に知られている部分」をMCの3人がひっくり返して、その人自身も気がついていなかったり、まだ見せていなかったりする魅力が見えたときに盛り上がる、というのが一つのパターンとしてあるから、すでに他の番組でうまくいっている人が来ると、例えば無理に毒舌になるとか、損しちゃう可能性が高いんだよね。

オークラ 吉村くんの場合は、彼の最大限の面白さが別のバラエティ番組で発揮されてすでに活躍しているから、今はそれで十分なんですよね。

佐久間 ちょっと歴史的な振り返りをしちゃうと、『ゴッドタン』が始まった2005年には、地上波のお笑い番組も結構たくさんあったんだけど、その少し後から10年間くらいは、ほぼなくなった。だからその間は、「芸人の、まだ見せていない別の魅力を見せる」上で、色々な笑いのパターンができたのだけれど、いまはお笑い番組がすごく増えたこともあって、『ゴッドタン』をどういう番組にしていきたいのか、その選択を迫られている時期なんだと思っている。少し前の収録でも、如実に感じることがあって。

徳井 どんな企画のときですか?

佐久間 「コンビ愛確かめ選手権」に、ぼる塾、ラランド、相席スタートが出てくれた時。めちゃくちゃ面白くて盛り上がったんだけど、「あれ、この3組って超人気者じゃん」って。

徳井 確かに、『ゴッドタン』だともう少し“劇薬”が欲しくなっちゃうかも。

佐久間 彼らのこの面白さは別の番組で見たことがあるのに、『ゴッドタン』でもやる意味があるのか、『ゴッドタン』の個性って昔は違っていたよな……と、ふと我に返るような気持ちになって、オークラさんと真剣に話し合いました。

オークラ つい先週の出来事です(笑)。

徳井 うわー、でもそれってかなり難しいことですよね……。

オークラ 僕や佐久間さんのなかで、『ゴッドタン』は反体制である、という意識がもともとあったんですよね。

佐久間 そうそう、ゲリラ番組だと思って作っていたから(笑)。特に「マジ歌選手権」に顕著なんだけど、番組開始当初から出てくれていた芸人さんが超売れっ子になった今、結果的に「人気芸人大集合バラエティ」に見えちゃう側面もあるという……。

徳井 答えは出ているんですか?

佐久間 今のところ、あのシェイク・ヒロシで30分やるかどうか考えていて、とりあえず昔みたいにいろいろ挑戦していこうと思っているところかな。

オークラ 若手のスタッフがするような話を、50歳手前のおじさん同士で熱くしています(笑)。

徳井 お二人とも、やっぱり達人ですね。めちゃめちゃ格好いいです。

オークラ 徳井くんはこれからどうなっていきたいの?

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徳井 6、7年前に桂三度さんから「もう売れたら?」と言われたことがありました。これはニューヨークの章でも書いたのですが、面白いのに劇場のお客さんにはウケなかったケンドーコバヤシさんが、ある日突然、お客さんにもウケるようになった。その理由を三度さんは「ケンコバは売れたいと思ったんちゃう?」と言ったんです。僕はそれを、「面白いと思われたい」気持ちが強かったケンコバさんが、たとえ「イタい」と思われても、売れるためにシフトチェンジしたということかな、と考えました。

佐久間 昨年のM-1グランプリで優勝した錦鯉しかり、売れる人には共通して、イタさというか、かわいげがあるよね。

徳井 そうなんです。だから、「芸人が芸人の批評なんかして徳井はイタいな」と僕を攻撃する声、特に芸人からの批判が気にならないと言ったらもちろん嘘になりますが、僕は僕の「芸」を信じていきたいなと。

佐久間 うぜーなって思われるということは、その人の視界に入ったということだよね。

オークラ 僕もそう思います。周りが足並み揃えているところから一歩踏み出さないと、エンタメ界では根をはれないから。

徳井 ようやく、今より一つ上のステージに踏み出せるチャンスかもしれないって思うようにしています。

オークラ でもそこには強敵ばかりが揃っているけどね(笑)。

徳井 久しぶりにピリピリできるのは嬉しいです。頑張ります……!


 (とくい・けんた 芸人)
 (オークラ 脚本家/放送作家)
 (さくま・のぶゆき テレビプロデューサー/ラジオパーソナリティ)

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