書評

2023年10月号掲載

私の好きな新潮文庫

普通がわからなかった私のための三冊

齋藤明里

対象書籍名:『ギンイロノウタ』/『ロリヰタ。』/『遮光』
対象著者:村田沙耶香/嶽本野ばら/中村文則
対象書籍ISBN:978-4-10-125711-2/978-4-10-466001-8/978-4-10-128953-3

(1)ギンイロノウタ 村田沙耶香
(2)ロリヰタ。 嶽本野ばら
(3)遮光 中村文則


 本棚から、新潮文庫はすぐに見つかります。背表紙のふもとに小さく書かれたゴシック体の文字。文庫本なのにスピンがついている高級感。特徴的な上部のギザギザは天アンカットという手間のかかるものだと、YouTubeで本を紹介するお仕事を始めてから知りました。今、私の本棚にあるボロボロの新潮文庫は、学生の頃に出会ったものの証です。
 ただただ本が好きだった学生時代。エンターテイメント性が強い本も、純文学も、近代文学もなんでも、気になったら読んでいました。しかしながら、心に残るのはいつも他者から異常だと言われてしまう人の物語でした。

ギンイロノウタ  例えば、村田沙耶香さんの『ギンイロノウタ』。表題作は、極端に臆病で人と話すことが出来ない少女、有里が、文房具屋で出会った銀の指示棒を魔法少女のステッキに見立てて心の支えとするお話です。子供部屋の押し入れの中で銀のステッキを持てば、満たされていた彼女の世界。ある出来事をきっかけにその世界は破壊され、彼女は次第に狂ってしまいます。
 私も小さい頃、有里のように自分だけの世界を作りました。うるさい現実を遮断して、大人になればこの訳のわからない息苦しさから解放されると信じ、閉じこもっていました。普通に生きたいだけなのに、周りからおかしいと言われる。何も出来ないと決めつける親にも、他の生徒と足並みを揃えさせようとする教師にも苛立ち、黒い感情が爆発しそうになる。周囲と自分のギャップに悩む有里の心を覗いていると、自分の感情を初めて言語化してもらえた気がしました。こんな薄暗い感情が自分にもあったのかと驚きながらも、苦しかったのは私だけではないのだと、気持ちが楽になったのです。

ロリヰタ  嶽本野ばらさんの『ロリヰタ。』を読んだ時も心がぎゅっと鷲掴みされました。ロリータ・ファッションを愛する作家の「僕」と、美少女モデルのピュアな愛の物語。乙女のカリスマと呼ばれる作家の恋愛は、事実と異なるスキャンダラスな報道によってめちゃくちゃになり、2人は引き裂かれてしまいます。彼らの恋には、嫌悪感を抱く人が多いかもしれません。「絶対に許されない」と思う人もいるでしょう。それでも好きな人との愛を貫こうとする強さに、私は惹かれました。恋も愛もよくわからない時期に読み、『ロリヰタ。』で描かれている強い感情こそが「恋愛」なのだと学んだのです。ラストで綴られるまっすぐな愛のメッセージは、何度読んでも切なくなってしまいます。

遮光  許されざる想いといえば、中村文則さんの『遮光』も衝撃でした。恋人を事故で亡くした男性が、死を受け入れられず、彼女が生きていると嘘をつき続けるお話です。彼は事故でばらばらになった彼女の遺体から、指をこっそり持ちかえり、ホルマリン漬けにして持ち運ぶようになります。この本を初めて読んだ時、彼の行動に驚きました。普通の感覚からすれば、死を受け止めてきちんと弔うことが彼女のため。でも大切な人が亡くなった時、簡単に受け入れられるわけがありません。だから彼がしたことは全く異常ではないのです。彼女への愛が募り続けるなか、嘘をつくことを誰が止められるのか、その愛を誰が否定できるのかと、読むたびに考えてしまいます。人は、こんなにも深く誰かを愛することが出来るのだと胸を揺さぶられました。
 周りを見ると、みんな上手に生きていていいなっていつも羨んでいました。普通とか当たり前とかがわからなくて、人との付き合い方も苦手で、そのくせ自分の生き方は曲げたくない。私はとても不器用だなと感じていました。だけど小説のなかには、不器用でわがままで、必死に自分を生きようとする人がいる。私は彼らに救われ、もっと頑張って生きなければと思えたのです。
 久しぶりに読み返した新潮文庫は私の手に馴染み、出会った時を思い出させてくれました。そしてまたいつでも読み返せるように私はしっかり本棚に差し直しました。


 (さいとう・あかり 女優/読書系YouTube「ほんタメ」MC)

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