書評

2026年4月号掲載

ロックンロールのように逬る、SFへの愛と情熱

萩尾望都『萩尾望都スケッチ画集II─「11人いる!」とSF世界─』

大森望

対象書籍名:『萩尾望都スケッチ画集II─「11人いる!」とSF世界─』
対象著者:萩尾望都
対象書籍ISBN:978-4-10-399605-7

 小説家だけでなくクリエーター全般を“作家”と呼ぶなら、戦後日本のSF作家第一号は手塚治虫だし、女性SF作家のパイオニアは萩尾望都だろう。1970年代、萩尾望都は少女マンガ誌というSF未踏の地の最前線に立ち、SFの可能性を切り拓いた。
 この本には、そうした若き開拓者の時代から円熟期(2010年代)まで、SF作家・萩尾望都の歩みが生々しく記されている。序文にいわく、
〈私は子供の頃から、異世界のお話が大好きでした。/童話、神話、伝説、そしてSFと、ここではないどこかの海を浮き沈みしつつ、/魔法使いや妖精や宇宙人や惑星の夢を見てきました。/このスケッチブックはそういう幻想の海辺を歩く私の足跡です。/特にSFの世界は私の心を支えてくれ、生きることを助けてくれました。/世間の基準からずれて苦しい時も、イメージは星の光のようにふりそそぎ、/それに満たされている時は、私は存在していいのだと幸福を感じていました〉
 改めて紹介すると、本書『萩尾望都スケッチ画集II─「11人いる!」とSF世界─』は、萩尾さんがデビュー前から描き溜めたスケッチブック約二百冊から抜き出した素材をインタビューとともに再構成する『萩尾望都スケッチ画集』の第二巻にあたる。大量の鉛筆画やネームやメモなどの中から著者のSF作品に関わるものを抜き出し、五つのブロックに分けて収録。さらに巻末にはSFについてのロング・インタビューと、各素材に対する著者のコメントをまとめた索引が付属する親切設計。それらの画や文章を目を皿のようにしてためつすがめつし、コミックスや作品集をひっぱりだして読みくらべたりしていると、知らないうちに何時間も経っている。この本は萩尾SFのエッセンスを凝縮した宝箱であると同時に、その作品を初めて読んだ頃に連れて行ってくれるタイムマシンでもある。
 1970年代の名作を集めた第一部では、SFの代表作『11人いる!』とその続編の設定メモや、キャラクター、衣裳デザイン、メカデザインの原案、セリフの下書き、ストーリーメモのほか、アニメのための(結局使われなかった)キャラクターデザインまで収められている。光瀬龍原作の『百億の昼と千億の夜』パートの最初に置かれた阿修羅王のカラー画の息を呑むような美しさ。『スター・レッド』のセイの凜々しさ。初期の名作「あそび玉」や「六月の声」、〈精霊狩り〉シリーズ、ブラッドベリ原作の「ウは宇宙船のウ」と「ぼくの地下室へおいで」など、短編群のスケッチも残されている。「フレア・スター・ペティコート」は、ペチコートのフレアと太陽フレアを重ね、“船乗りを送り出す娼婦”というイメージに宇宙的な広がりを与えたフルカラーの詩的な小品。個人的に大好きな作品なので、それに出てくる少女のスケッチが載っているのを見つけてうれしくなった。他にも、小説「美しの神の伝え」の原型にあたる「myu」や、宇宙船乗組員を養成するための男子校に女の子が入学するという設定の未発表作など、スケッチを眺めているとどんどん夢想が広がってくる。
 第二部の1980年代編には、〈SFマガジン〉に連載された『銀の三角』、生体改造された改良人種を描く〈一角獣種〉三部作、『マージナル』などに関係するスケッチを収録する。第三部の「SF的イラスト劇場」をはさんで、第四部は1990~2010年代編。『海のアリア』、〈あぶない丘の家〉シリーズから、日本SF大賞を受賞した『バルバラ異界』や、小松左京の短編「お召し」にインスパイアされた『AWAY─アウェイ─』などのスケッチを収める。
 名作の成立過程や舞台裏が垣間見える素材も興味深いが、第五部には、なんとスケッチブック六十枚以上にわたって鉛筆で描かれた未完のSF「サムが死んでいた」の草稿がまるまる収録されている。主役は超能力を持つ少年。物語は、辺境の惑星へと向かう宇宙船に密航した彼が乗員に見つかるところから始まる。宇宙船を舞台にしたSFミステリーという意味では後年の『11人いる!』に通じる作品だが、こちらのほうがもっとシリアスで、のっけから緊迫感がみなぎる。この作品を描いたスケッチブックの冒頭には、作者の決意表明のような文章が記されている。一部を抜粋すると、
「ここにひとつS・Fをかく。前々からかきたいと思っていたもので“サムが死んでいた”だ/中学のころノートにかいていたまんがには 今の私にない何かがあったはず。/それをなくしたくない とりもどしたい だからこれを 私にささげることにする」
 1970年に描かれた作品なので、未完ながら、これこそSF作家・萩尾望都の原点かもしれない。
 以前、萩尾さんにインタビューしたとき、「SFを描くときはロックンロールを歌っているような感じ」と聞いて驚いたことがあるが、この本のページからはSFに対する愛と情熱がまさにロックのように激しく逬ってくる。汲めども尽きぬ萩尾望都のSF魂の源泉がここにある。

(おおもり・のぞみ 書評家・翻訳家)

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