書評
2026年4月号掲載
一瞬で喋るように書く
さくらももこ『たびたび』
対象書籍名:『たびたび』
対象著者:さくらももこ
対象書籍ISBN:978-4-10-407306-1
さくらさんと初めて装丁でお仕事させてもらったのは『神のちから』(1992年刊)。そこからたくさん一緒にお仕事させていただきましたが、どれもこれもが刺激的で面白くて、思い出がたくさんあります。だから今回新潮社さんから依頼があった時「え!? 新刊!?」ってびっくりしつつ、「おまかせあれ!」ってふたつ返事でOKしました。
新刊『たびたび』では、『あのころ』(1996年刊)の時のやり取りを思い出しました。『あのころ』では、僕が提案した本文の書体を見たさくらさんが「なんか違う、いつもの書体が良い」っておっしゃったから僕は内心「ぎくっ……」。「いつもの書体」とは既刊の『もものかんづめ』シリーズで使われていたもので、当時一番一般的な書体。書体に人一倍こだわりがある僕としては「絶対使いたくない~!!」って気持ち。それに、その前に一緒に作った『そういうふうにできている』(1995年刊)は「いつもの書体」じゃなかったし、内容に合わせて当然変えた方がいいよねって思っていて。だからいろんな書体で組んであれこれ説明したんだけれど、さくらさんは「どうも違う人みたいに見えるんだよね」って意見を変えなかった。で、いざ「いつもの書体」で組んでみたら、驚き桃の木! 僕の考えた書体よりずっと「さくらももこ」らしいの。「版面ごとさくらももこ」そのものでした。さくらさんの直感は間違いなかったというわけ。それに、さくらさんのエッセイの単行本って、一般的な単行本より少し小さい判型なんだけれど、それもさくらさんのこだわりでした。初エッセイ集『もものかんづめ』(1991年刊)からずっとそうで、自分の「好き」「これだよね」を大事にして、独自の世界観に満ちた“ももこワールド”を作るのが本当に上手な人だったなあ。だから『たびたび』も、さくらさんが生きていたら「こうしたい」ってきっと言ったよね、っていうのを僕なりに考えてデザインしました。
『たびたび』は雑誌「富士山」(2000年・2002年刊)に掲載されたうち、単行本に収録されていなかったものから、旅エッセイを中心に集めた本です。「富士山」はさくらさんが編集長になって、取材・文章・漫画のすべてをご本人みずから担当した前代未聞の驚きの雑誌。三〇代半ばくらい、元気でパワフルなさくらさんが「好きなこと全部やっちゃおうよ!」って、まさにやりたい放題だったの。僕も張り切って、企画ごとにデザインも変えちゃったりして大変だったけれど、すごく楽しかった! しかも、このときさくらさんが作ったオリジナルのピンバッジの絵が『たびたび』のカバーになったから、すばらしい一石二鳥とも言えるよね(笑)。
加えて、息子の「さくらめろん」くんとの共作絵本とか、さくらさんがタカラジェンヌに扮装するとか、漫画やエッセイともまた違うアプローチの企画などなど、盛りだくさん。僕は『ちびまる子ちゃん』だけで追っていくと、さくらももこという存在は分からなくなっちゃうと思っているんだけど、「富士山」ではさくらももこという「とんでもない存在」を三六〇度、あらゆる角度から見られたと思う。誰も手がつけられない、やばくてすごい人!! そんな「やばくてすごい!!」は、『たびたび』のエッセイでもたくさん感じられます。ミッフィーちゃんの生みの親のディック・ブルーナさんを訪ねた「ユトレヒト紀行」はじーんとしちゃうし、かと思えば「感動の旅 バリ」では、取材もそこそこにお土産探しに夢中になって編集者に呆れられる。どんなときも自分がどう見られるかは気にしないで行動して、そのままのエッセイを書いちゃうの。潔さがかっこいいよね。しかも旅先で大きな出来事が起きるわけでもなく、「読者が知っても得はしない話」こそ面白がらせちゃう。自分の身に起きた良いことも悪いことも、自分のダメさまでも面白がらせる──。こんな人はいないと思う。
エッセイといえば、2022年から始まって今も巡回している「さくらももこ展」で、漫画の原画に加えてエッセイの手書き生原稿を展示したんだけど、あまりにも修正が少なくてきれいなの。「これって清書した原稿でしょう?」って誤解されないか心配になったくらい。エッセイは原稿用紙に鉛筆で、独特の丸めの文字で書かれていて、消しゴムの跡がほぼなかった。一編に一、二か所、原稿用紙の右端に加筆の文言が入っているとむしろホッとするくらい、最初から完成された原稿でした。さくらさんは書くスピードがものすごく速くて、喋るように書く人。その姿も印象に残っています。本当にあらゆる面ですごい人でした。
「さくらももこって何だったんだろう」って僕はいまもずっと、考えているんだけれど、きっとさくらさんは、まだまだ未知のファンや読者を「面白がらせる」計画をしていたんだと思います。さくらさん的には起承転結の「転」のところまでしか来ていなかったんじゃないかな。残念なことではありますが、でも『たびたび』を通して、さくらさんに新たに出会ったり、改めて出会い直したりしてくれる人がたくさんいたらすごく嬉しいです。そして今年の夏にはもう一冊、エッセイ集『ふじさん』が出るから、みなさんぜひ、期待していてね!
(そぶえ・しん グラフィックデザイナー)




