書評

2026年4月号掲載

効率最優先の世界でどう生きるべきか

ココ・クルム、松本剛史 訳『最適化幻想─効率が人を幸せにしない理由─』

勅使川原真衣

対象書籍名:『最適化幻想─効率が人を幸せにしない理由─』
対象著者:ココ・クルム、松本剛史 訳
対象書籍ISBN:978-4-10-507461-6

 著者のココ・クルムさんがお姉さんと小さな町を旅行した時のこと。ココさんが行きたい場所を短時間で回れるプランを組み立てていると、お姉さんにこうたしなめられたそうです。「そんなに最適化ばかり追いかけるのはやめて」。
 ココさんは姉の言葉にうなずきながら、ふと考えます。
〈最適化をやめるとしたら、その代わりになるものは何だろう?〉
 この問いこそが、本書を貫くテーマになりました。
「最適化」とは、目的達成のために最も効率的な答えを探すこと。「効率化」とほぼ同じ意味です。
 ココさんはアメリカ人のデータサイエンティストであり、統計学やアルゴリズムを駆使してデータ分析を行っています。つまり、最適化こそが仕事です。しかも、彼女はMITで博士号まで取ったプロ中のプロなのです。
 ところが、シリコンバレーで働いているうちに、自分の仕事に疑問を覚えます。〈より完璧な社会を作る〉ために働いてきたはずなのに、人々は忙しくなる一方で、格差は拡大している。何より〈最適化という視点で凝り固まり、それ以外のやり方や見方をすることが次第にできなくなっている〉世界に疑問を抱いたのです。
 そうして彼女は、「最適化」が社会にどんな影響を及ぼしているのか、アメリカ各地の人に話を聞くため旅に出ます。同時に、その考え方がどんな経緯で社会に浸透したのか、ニュートンから近藤麻理恵にいたる歴史的な系譜を解き明かしていく。その過程を綴ったのが本書です。
 私はこの本を読んで自分が微力ながらもやってきたことを肯定された気持ちになりました。世の中で一元的に正しいとされている考え方に疑問を抱く、その姿勢に深く共感したのです。
 著者が「最適化」に疑問を覚えたのと同じように、私はコンサルタントとして企業の採用や人事に携わる中で「能力主義」に疑問を抱きました。「能力」とは、仕事内容や人間関係や時期など、さまざまな要因で変化する文脈依存的なものです。にもかかわらず、「あの人は優秀だ」とか「仕事ができる」などと、当然のように使われている。私も能力主義を批判する本を書いてきましたが、本書の意図とまったく同じです。「最適化」も「能力主義」も、絶対的に正しいものではない。それを多くの人に知ってほしいのです。
「最適化」を全否定しない彼女の姿勢にも共感しました。最適化が必要な場面は当然ある。それ以外の見方が世界から失われていることが問題なのです。
「最適化」の背景にある「計測できるものなら解決できるはず」という思考がアメリカの象徴として描かれています。彼らはあらゆるものを計測し、解決しようとしてきました。
 ところが、最適化がうまくいかない事例が次々に起きているといいます。たとえば、2021年にテキサス州で起きた大停電。大寒波により天然ガスのパイプラインが凍りついて発電量が低下し、約五〇〇万人に電力が届かなくなったのです。しかも、急増した需要を抑制するために「最適化」された入札システムが作動した結果、通常時なら三〇ドル分の電力が九〇〇〇ドルまで跳ね上がり、後日、被災者に多額の請求書が届く事態にまでなったのです。
 結局、自然災害にしても、病気や介護といったことにしても、人は常に偶然性とともに生きていて、最適化ではどうにもならない局面が必ず訪れるということなのです。
 では、私たちは「最適化」にどう向き合えば良いのか。アメリカでは、大きく二つのスタンスがあるといいます。ひとつは「倍賭けダブルダウン」。最適化をさらに推し進めることで問題を解決しようという考え方で、GAFAMなどのテック企業はこちら側です。もうひとつは「降りるオプトアウト」。効率に背を向けて、かつての暮らしに戻ろうというスタンスです。
 ココさんはその両方の声に耳を傾けた上で、どちらか一方ではない、と結論づけます。「倍賭けダブルダウン」でも「降りるオプトアウト」でもない、第三の道を見つけるべきではないかというのです。
 本書には、いかに世界が「最適化」に覆い尽くされていて、出口を見つけるのが困難かが描かれています。それでも私は、ココさんはこの本を通して「人間を過信する必要はない」と言ってくれているように感じました。「人間を過信しない」というのは、「自分は間違えることがある」と認めることです。何かを間違えてしまった時、だから自分はダメなのだと落ち込むことは、自分自身を過信している証拠です。ココさんは、最適化の最前線で働いてきた自分は正しかったのだろうかと自身を疑い続けています。疑い続けるということは、問いを持ち続けられるということであり、それこそが生きる醍醐味だと私は思うのです。
 本書の終盤にある「世界を支配するのではなく崇敬する」という姿勢こそ、私も光を当てようとしています。世界を自分の思うように変えるのではなく、周囲の力を借りながら自分自身も変容していく。その上で、何を「最適」とするのかという価値判断は人間に委ねられ続けている。ココさんはそう私たちを勇気づけてくれていると思うのです。

(てしがわら・まい 組織開発コンサルタント)

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