書評
2026年4月号掲載
『マンガ 赤と青のガウン 第1巻』刊行記念特集
女王さまのコミック
原作:彬子女王 漫画:池辺 葵『マンガ 赤と青のガウン 第1巻』
対象書籍名:『マンガ 赤と青のガウン 第1巻』
対象著者:原作:彬子女王 漫画:池辺 葵
対象書籍ISBN:978-4-10-356971-8
これは私見であるが、皇室に生まれた方は“競う”ということを避けられる。
よってご自分と他人とを較べ、点数を争う受験勉強というものはなさらない。そのために学習院というものが幼稚園から存在しているのだ。しかし彬子女王さまは違っていた。ひたすら学ぶことがお好きで、果敢に学問の扉に向かってチャレンジなさる。こんな方は初めてであろう。
『赤と青のガウン』(PHP文庫)を読んだ時は驚いた。オックスフォードでの日々の学びがあまりにも過酷で、一時期は体調を崩されるのだ。そこまでして、
「自分の学びたいことを極める」
彬子さまの姿は多くの共感を得て、エッセイは大ベストセラーになった。その中にはオックスフォードという世界最高峰の学び舎や、皇族の方に対する好奇心もあったかもしれない。彬子さまはそれについても誠実にお答えになっている。
側衛という幼ない頃から馴じんできた護衛もつかず、彬子さまは一人で生活を始める。ページをめくるとこの一行が、私たちの心をとらえるはずだ。
「生まれて初めて一人で街を歩いたのは日本ではなくオックスフォードだった」
そんなやんごとなき方が、ご自分で料理をつくり、スーツケースをガラガラひいて学会や研究のためにヨーロッパのあちこちに飛ぶ。しかも格安航空券でだ。ロンドンのマーケットでは、しめじを見つけてもあまりの高さに買わずに帰る。そうした普通の生活に読者はびっくりするのであるが、やがてこのエッセイのハイライトともいえる章が訪れる。バッキンガム宮殿で女王陛下にお茶をご馳走になるのだ。
緊張してほとんど記憶があいまいと言いながら、彬子さまの観察眼は鋭い。エレベーターから降りると、沢山のコーギーが迎えてくれる。そしてエリザべス女王のお部屋に行くと、陛下の他に誰もいなくてお茶セットが置かれていただけ。
「はたしてこのお茶を準備するのは誰の役目なのだろう」
読んでいるこちらもドキドキするような展開である。結局は女王陛下自らが淹れてくださるのだが、こうしたエピソードはこれひとつだけ。彬子さまはあちらの上流の方々とは社交なさらない。つき合うのは研究仲間や教授たちだけだ。まさに学徒の暮らしぶりなのだ。ひたすら研究と論文書き。大英博物館の倉庫で調査に明け暮れ、貴重な法隆寺壁画の写しを見つけるという大発見をなさる。
展覧会の手伝いに行ったものの、オープニング直前なのに何も揃っておらず、それこそ「ミッション:インポッシブル」のような働きをする。開会日当日、オープニングの挨拶が始まったその瞬間、最後のキャプションが入り、彬子さまは疲労のあまり立っているのもやっとというくだりは、まさに研究者の苦労と醍醐味であろう。
醍醐味といえば、伊藤若冲のコレクターであるプライス夫妻が当時はご健在で、夫人が日本人ということも、私はこのエッセイで初めて知った。彬子さまはこの二人ととても親しく一緒にディズニーランドにも出かけている……。
などと『赤と青のガウン』の感想をだらだらと書いたが、本当に面白い本である。物書きの一人としてエラそうに言わせていただくと、文章力のうまさと共に自己の描き方がすごい。皇族である自分の立ち位置を充分におわかりになりながら、そこに時々ツッコミを入れる。これまた私見であるが、高貴な方というのはおしなべてユーモアのセンスがおありになる。深い教養と頭脳がなければ出来ない社交術であるが、彬子さまはエッセイにもこれをふんだんにちりばめられた。
さてこの『赤と青のガウン』のコミック化は、かなりむずかしい作業であろう。日本の天皇皇后ご夫妻も、エリザベス女王も登場される。それよりも彬子さまをどう描くかだ。池辺葵さんはこれをうまく解決した。
コミックの中の彬子さまは、とても可愛らしく聡明であるが、どこかオタクっぽい。そう、オタクでなくて、どうしてあんな研究が出来るだろうか。ひたむきでちょっとおっちょこちょいなキャラクターは、彬子さまに相当に近いと思われるのだ。
たぶんこのコミックを読んだ人は、
「彬子さまは気さくで面白そう。お友だちになりたいな」
と思うだろうが、それは間違いだと私は断言しよう。
時々おめにかかってご挨拶するが、たいてい公的なところだ。式典で祝辞をのべられることが多い。先日は京都の某大学でのお茶席であった。お正客の彬子さまは「茶碗拝見」の時に専門家ならではの素晴らしい感想を口にされた。その姿も歩くご様子も、圧倒的な気品に溢れいつも圧倒される。だから私やあなたは、狎れ狎れしく出来ない。せめてこのコミックで繫がりたいものである。
(はやし・まりこ 作家)




