書評
2026年4月号掲載
今月の新潮文庫
想像せずにはいられない、奇想天外なミステリ
イアン・ロジャーズ、風間賢二 訳『魔都シカモア』
対象書籍名:『魔都シカモア』
対象著者:イアン・ロジャーズ、風間賢二 訳
対象書籍ISBN:978-4-10-241181-0
実は、私たちがいま暮らしている世界には、異世界に続く見えない入口がある。ひとたび足を踏み込めば、その異世界には、人間には想像もつかないモンスターたちが跋扈しているのだ!
……いきなりそう言われても、なかなか思い浮かべるのは難しいだろう。しかし『魔都シカモア』はそんなカオスな世界を私たちに想像させてくる。どれだけ奇想天外な展開だろうと想像せずにはいられなくする、「小説」の力を存分に使って。
本作の舞台は現代のカナダだ。私立探偵のフィリックス・レンは、スモール・タウンであるシカモアに住んでいる女性、スーザン・ウィーヴァーから何者かに殺された夫の遺体を探すように依頼される。だが、依頼を引き受けたフィリックスが捜査をはじめると、探している人物がいまシカモアで起きている連続殺人事件の最重要被疑者だったと知ることに。連続殺人事件の犯人は誰なのか、そもそも遺体はどこにあるのか? 事件の複雑さが明らかになっていくなか、フィリックスは読者の想像を上回るようなハプニングに遭いながらも、遺体の行方を追う。
そして本作には、さらに事態を錯綜させる大きな設定がある。この世界では〈ポータル〉と呼ばれる目に見えない入口がいくつも街中に発生するようになっているのだ。そこを潜った先には、人間の想像では及びもつかないような超自然的存在が跋扈する暗黒世界、〈ブラックランド〉が広がっているのだった。フィリックスはブラックランドからやってきたモンスターと過去に何度か対峙しており、奇跡的に生き延びている経験から、超常現象にまつわる事件を解決する私立探偵として評判になっていた。
さて、本作を紹介するにあたって欠かせないのは、フィリックスの語りに宿った豊富なユーモアだ。現アシスタントであり元妻でもあるサンドラとの夫婦漫才のような掛け合いをはじめ、どこか軽薄でノリも軽い彼は、命の危機迫る状況や緊張感あふれる場面でもユーモア精神を忘れない。
ただ、フィリックスも底抜けに能天気なわけではない。彼は超自然的存在の関わる事件を積極的に解決しているわけではなく、むしろ精神衛生のために、なるべくブラックランドにまつわるニュースを見ないように日々自制している。フィリックスにとって超自然的存在とは恐怖の対象であり、精神に悪影響を与える存在なのだ。そうなれば場を明るくするユーモアも、目に見えないものを見ないようにするための、恐怖から逃れる戦略とも受け取れるだろう。そして、凄惨な場面が何度も訪れるにもかかわらず面白く読み進められてしまう筆致こそが、その戦略が有効だと証明している。
しかし、フィリックスは見ないようにしたままでいいのだろうか? 物語中盤、フィリックスはとあるきっかけでブラックランドに足を踏み入れることになる。自らが恐れていた暗闇が広がる世界を脱出するためには、見えないものを見ないようにしたままではいられない。五感を研ぎ澄ませ、暗闇のなかで目を凝らし、目に見えないポータル(出口)を探し出す必要がある。そしてそのプロセスとは、五感を駆使して埋もれていた手掛かりを集め、誰にも見えていなかった真相を導き出す──「探偵」がしなければならないことと瓜二つだ。つまり探偵であるためには目に見えないものでも見ようとする必要がある。その意味で、本作はフィリックスが見たくないものから目を背けるのをやめ、私立探偵として成長していく冒険を描いた物語ともいえるのだ。
そして作中で描かれるフィリックスの成長は、目に見えないものでも想像を促す小説の「力」によって、私たちも追体験できるようになっている。人類の想像も及ばない世界、ブラックランドでフィリックスが目の当たりにするものとは──あなたも探偵となった気分でカオスな作中世界を冒険し、連続殺人事件の犯人が「誰」なのか、驚愕必至の真相を導き出してほしい。
なお、作者であるイアン・ロジャーズの単著は『魔都シカモア』が初邦訳だが、実は本作はブラックランドによる超常現象を扱ったミステリ・シリーズの初長篇に位置づけられており、日本で翻訳されていない短篇がいくつも存在する。特殊設定あり、ミステリあり、冒険あり、ユーモアありとなんでもあり、それゆえに抜群に面白いエンターテイメントとなっている本シリーズが日本でどう広がっていくのか、いまから楽しみでならない。
(あわい・ゆき 書評家)




