書評
2026年4月号掲載
混迷する世界情勢に新しい視野を
若山 滋『漢字文化圏の興亡─中国の限界、日本の前途─』(新潮新書)
対象書籍名:『漢字文化圏の興亡─中国の限界、日本の前途─』(新潮新書)
対象著者:若山 滋
対象書籍ISBN:978-4-10-611118-1
世界が揺れている。東アジアもキナ臭くなってきた。戦争の足音が聞こえるような気もする。この緊迫に臨んで、新しい視野が開けないものかと思案し、「漢字文化圏」という概念にたどり着いた。
500年あまりにわたって世界史をリードしてきたのは圧倒的に西欧・北米であったが、ここ100年ほど、日本を先達として、中国や、韓国、ベトナムなど「漢字文化圏」(過去に漢字を使っていた国を含め、以後「漢字圏」と略す)が、世界の主役級に躍り出た感がある。近年は、中国が大発展を遂げ台頭著しい。とはいえ、最近はその中国も怪しくなってきたようだ。
そこで、この漢字圏そのものの興亡を、長期的、文化的に論じてみようと考えた。それは筆者の専門である建築から来てもいる。建築と文字には密接な関係があり、似たような文字を使う地域は似たような建築様式をもつのである。現在、唯一の表語文字(表意文字)である漢字を使う国以外は、ほとんどが広い意味でのアルファベット圏であり、その宗教建築は石造あるいは煉瓦造の組積式構法であるが、漢字圏だけは、その宗教建築が木造の軸組式構法である。音の記号であるアルファベットは世界に広がったが、それ自体が意味をもつ漢字には文化的な抵抗があり、東アジアにとどまった。漢字圏は孤独なのだ。
白川静氏は、漢字には「呪能」があるという。周辺の文化はその呪能から逃れようと独自の文字を発明した。日本は表音文字としての仮名をつくり「漢字仮名交じり文」を使用する。こんな国は他にない。日本は、漢字の「呪能」とともに仮名の「和能(他と親和する力)」を有するのであり、その混合に独特の文化が発達し成熟した。
漢字圏は、時として夜郎自大(かつての日本、現在の中国)に陥るが、アルファベット圏に比べて深みのある文化をもつ。西欧文明の延長たる近代文明の結果としての異常気象と自国主義化の中で、この文化圏が果たしていく役割は、地球および世界と協調する「和能」の中にあるのではないか、と考えた。
そして、戦後の台湾に生まれ、これまであちこちと旅をしてきた人生を語る紀行文と、建築と文学を基本とする文化論が合体した「自伝+評論」のような著書ができあがった。筆者は、叔母である篠田桃紅(抽象美術家)、母の従弟である篠田正浩(映画監督)、幼いころ一緒に暮らした従姉である若山美子(アルピニスト)、テレビ番組で対談したことがきっかけでお付き合いがあった司馬遼太郎さんなどに影響を受けたので、そのエピソードも盛り込んでいる。
国際情勢と東西の力学が大きく変わりつつあるいま、漢字文化圏に属する日本に何ができるのか。その可能性は小さくないように思える。
(わかやま・しげる 建築家・名古屋工業大学名誉教授)




