書評

2026年5月号掲載

仰々しくない旅

さくらももこ『たびたび』

イモトアヤコ

対象書籍名:『たびたび』
対象著者:さくらももこ
対象書籍ISBN:978-4-10-407306-1

 さくらさんの作品は小さい頃からずっと好きです。『ちびまる子ちゃん』のアニメ、漫画と好きになって、小学校の高学年でさくらさんの初エッセイ集『もものかんづめ』に出会いました。学校の「朝の読書」で読んだら、静かにしないといけないのに笑いが止まらず大変で。「文章でこんなに面白いことってあるんだ!」と、興奮を隠せませんでした。さくらさんの文章の何がすごいって、小学生でもびっくりするほどスラスラ読めちゃうところ。漢字とひらがなのバランスが絶妙で、音読して気持ち良いのは読みやすさの秘訣ですよね。私も文章を書く仕事をするときは、この「音読しても気持ち良い」というのを意識しています。
 日常の切り取り方が独特で、ちょっとシニカルな部分もあるさくらさんのエッセイや漫画は、物事を見る角度がナナメで、しかも俯瞰的でもある──そんな世界観に触れたのはさくらさん作品が初めてでした。それに、まるちゃんが絶妙な自虐をしたり、地の文やナレーションがツッコミのような役割をしていたりと、出来事をどう面白がるか、そのやり方がまるで「芸人」みたいなんですよね。私はさくらさんの作品から自然と、芸人に大切なことを学んでいたのかもしれないって思います。女芸人にはさくらさんのファンがとても多いのですが、きっと、世界の見方や表現の仕方にすごい共感できるからだろうなぁ。
 今も時々読み返しますが、『もものかんづめ』で特に印象深いのは「メルヘン翁」。自分のおじいさん、つまり、あの「友蔵」のことを綴った一編ですが、冒頭に、「祖父は全くろくでもないジジィであった」とはっきり書いてあるのに当時びっくりしました。読んでいくと、実際「ろくでもないジジィ」で(笑)。家族のことを書くこと自体が難しいし、漫画やアニメの「友蔵」のイメージとは違う「リアル友蔵」を書くのはもしかしたら勇気がいるかもしれない。でもさくらさんは、特段構えることなく、自身が見たままを淡々と書いて読み手を面白がらせちゃう。私もそんなふうにできたらって、いつもその「視点」のあり方を想像しながら読んでいるけれど、めちゃめちゃ難しくて……。さくらさんは日常を面白がる、唯一無二の天才だったと思います。憧れしかありません。
『たびたび』はさくらさんが編集長を務めた雑誌「富士山」に掲載された旅エッセイですが、雑誌が発売されたのは26年前で、私は中学生。書籍やコミックスとは違って普段馴染みがない「雑誌」だったからか、「富士山」を私はちゃんと読めていないんです。だから、こうして今改めて読むことができるのがとても嬉しい!
 国内外、さまざまな土地を訪れていますが、どこに行っても誰と会っても、さくらさんは決してぶれません。映像で言う「撮れ高」を本当にまったく気にしないで行動されています。エッセイを書くための「ネタ」を探す素振りがなくて、なんなら、疲れたし面倒そうだからと訪問先を減らすことすらしちゃう……。私だったら不安で、ハプニングが起きそうな方に行こうとするでしょう。
 旅エッセイですが、「情報」が全然ないのもさくらさんらしいなと感じました。バリ、富良野、福岡、大阪、ユトレヒト……。どの場所でもいわゆる観光地には行かず、会いたい人に会い、食べたいものを食べる。平気で予定も変更するし、「せっかく来たんだから元を取ろう」「すべて網羅しよう」という気持ちがない。今でいうタイパ・コスパとは対照的な旅の仕方で、やっぱり構えてないんです。多分、そういう「マス」な部分に興味がなかったんだろうなぁ。旅先だから特別ではなくて、普段通り、そこで出会う人や何気ない出来事を楽しむ──それが旅の本来の醍醐味なのかもしれないと、この本を読んで改めて思いました。
 11編の中で特に好きだったのは「感動の旅 バリ」です。現地でお世話になった長尾さんのメイドさんの手料理が抜群に美味しいと聞くと、「心から図々しいよなァ」と思いつつ「だが、バリで一番おいしい料理を作るメイドさんがいるなんて、ぜひ食べてみたい」と、長尾さんちの料理を食べさせてくれないかと思い切って頼んじゃうくだりには笑いました。好奇心に勝てなかったんでしょうね。「やった!! 長尾さんちに行ける!!」と素直に喜んで自宅にお邪魔する。子供みたいなところがかわいいです。頼まれた長尾さんも大喜びで、結果、みんなの良い思い出になったから素晴らしい。無防備すぎて、ある種少女のままのような旅の楽しみ方にも感じられます。「旅っていったって、あんた、そんな仰々しく考えなくていいんだよ」とまるちゃんの口調で言われているような心地もしました。
 まるちゃんもコジコジも国民的な人気作品ですが、さくらさんご自身には「マスに届くように漫画や文章を書く」なんて気持ちはなかったでしょうし、そもそもどこも目がけていないのかもしれない。でもだからこそ、たくさんの人の心に響く作品になったのだと思います。
 3、4年前にさくらさんの真似をして飲尿した時期があったのですが、一週間で限界がきてしまい……(笑)。今度はさくらさんの「旅の仕方」を真似してみようかな。

(いもと・あやこ  タレント)

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