書評

2026年5月号掲載

「都市」で解き明かす古代オリエント史

小林登志子『楔形文字が語る古代オリエント─都市と文明の興亡史─』(新潮選書)

本村凌二

対象書籍名:『楔形文字が語る古代オリエント─都市と文明の興亡史─』(新潮選書)
対象著者:小林登志子
対象書籍ISBN:978-4-10-603943-0

 人が集まって都市という形を成し、人々の交流のなかで文字が生まれる。今から五〇〇〇年以上も前のこと。ティグリス・ユーフラテスの両河に挟まれたメソポタミアに住むシュメル人の都市ウルクで最初の楔形文字が開発され、その地域一帯に広がっていったらしい。
 この都市の形成と文字の開発に注目しながら、古代オリエントについて、実に分かりやすい歴史が語られている。近現代人は国家という広域覇権に慣れ親しんでいるせいか、古代オリエントという世界がどこか分かり辛いところがあった。ところが、都市国家なる単位で歴史の流れをながめると、これほど理解しやすくなるものだとあらためて感心させられた。
 シュメル語でウルナナムとは「都市があった」を意味する。だから和風には「むかしむかし」と漠然とした過去で語り始めるところ、シュメル風には「都市があった」と始めるらしい。そこには「都市」を前提として神も人も存在するという基本思考があったようだ。
 不死を得られなかったギルガメシュは王としての務めを果たすべく城壁を建てたと伝えられている。最古の都市ウルクはメソポタミア最南部の沖積平野にあり、肥沃な土壌のせいで穀物は実る。だが、石材や鉱石はなく、木材も不足している。だから、資源を得るために交易活動が必要だった。円筒印章やトークン(しるし)から古拙文字が生まれ、大麦の取引を記録した会計簿が残っているという。当初は表語文字だったが、やがて表音文字も登場し、文字数も六〇〇ほどに整理され、葦のペンで粘土板に刻む楔形文字に転換していったらしい。文字の始まりは実用にあったが、やがて、ウルクの伝説の王たちが英雄として活躍する物語文学も生まれた。
 この楔形文字で記録されたシュメル語粘土板多数が近隣の都市国家ラガシュから出土している。そこから周辺都市とのさまざまな戦争と外交をめぐる情報が知られる。アッカド王朝に屈するも、その後ラガシュは独立し、グデア王朝の時代に一二人の王名が知られている。とくにルーヴル美術館に展示されたグデア王像はすばらしく、前二二世紀中頃の歴史や文化の重要史料の一つである。
 都市名とも国名とも知られるアッカドだが、意外にもアッカド遺跡の所在地については諸説があってはっきりしないらしい。サルゴン王は捨て子伝説の最古の例であり、後世にかなり美化されて伝えられており、孫のナラム・シン王は「四方世界の王」を名乗り神格化されたという。彼の死後、アッカド王朝は衰退し消滅したが、アッカド語は残った。しかし世界の共通語となったにもかかわらず、遺跡が発掘されないかぎり、楔形文字を借用したアッカド語の歴史については不明な部分が多いという。
 これに比べて、大英博物館を飾る「ウルのスタンダード」で知られるウルは家畜管理についての数万枚の粘土板文書が出土しており、熊や馬も扱われていたという。ウル第三王朝の時代に広域な覇権をにぎったが、王朝の弱体化とともに、周りの諸都市は独立していったという。前2000年紀になると、日常ではアッカド語が使われ、シュメル語は死語になっていくのだ。
 このほか、アッシュル商人やヒッタイト人が行き交った都市としてのカニシュ、ハンムラビ王に滅ぼされた王国としてのマリ、ハンムラビの都でありネブカドネザル二世の都であったバビロン、ヒッタイト語で書かれた「ボアズキョイ文書」の語るハットゥシャ、共通語のアッカド語でほぼ書かれた「アマルナ文書」の伝える、エジプトの「異端王」の儚い都としてのアケト・アテン、エラム王国の都でありペルシア帝国の都でもあったスーサなどが取り上げられ、それぞれの都市の視座から古代オリエントを眺めると、いささか賢くなったような気分にされる。
 とりわけ興味深いのは、印欧語系のヒッタイト人が非印欧語系民族の多いアナトリアに進出して楔形文字を借用したことである。その内容は年代記、条約、勅令、書簡、法典など多岐にわたっており、ヒッタイト学の基礎となったらしい。前一四世紀に書かれた『ヒッタイト法典』が残っており、「もし誰かが自由人の目を見えなくしたり、歯を折ったならば」と先行するメソポタミアの法典と同じ解疑法形式で書かれている。だが、傷害罪の懲罰について同害復讐刑は採らず、賠償で済ましていることは特筆される。
 そのほか最新の研究成果の報告も散見され、楔形文字史料に疎い日本人読者にも新たな興味をかきたててくれる。このような気鋭の研究をふまえた楔形文字史料について都市国家を基点として分かりやすく解説してくれるのだから、本書を手にすればまことに喜ばしくなるだろう。

(もとむら・りょうじ 歴史家、東京大学名誉教授)

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