書評
2026年7月号掲載
還暦祝いのお裾分け
高嶋政伸『おつむの良い子は長居しない』
対象書籍名:『おつむの良い子は長居しない』
対象著者:高嶋政伸
対象書籍ISBN:978-4-10-357041-7
1996年の大河ドラマ「秀吉」で、僕は兄の秀吉を補佐する弟、秀長を演じました。秀長は、亡くなるまで秀吉の政を、特に金銭面で補佐し続けました。一年にわたる撮影の中で今でも思い出す台詞があります。それは、自分は夢のために生きているんだ、と熱く語る兄・秀吉に向けて言う、
「夢じゃ、めしは食えねえよ」
大河ドラマへの出演という、役者にとって夢のような想いをしているはずの僕が、今でも大好きな台詞がこれです。
2016年の大河ドラマ「真田丸」で北条氏政を演じた時には、秀吉の大軍に小田原城を包囲され、氏政が家臣を守るために自ら切腹を選ぶ、その切腹場面の撮影前日に、脚本を担当されていた三谷幸喜さんに宛てて氏政辞世の句をメールで送りました。それは、米ポピュラーミュージック界の巨匠、バート・バカラックの代表作「アルフィー」の一節です(歌詞はハル・デビッド)。
強い者だけが生き残ると言う人もいるし、僕は天国があると信じている。けれど、もっとすごいものの存在を信じているんだ。愛を信じるかい? 心に従って生きていけば愛はきっと見つかる……そんな歌です。三谷さん、さぞ驚いたでしょう。
「秀吉」で最も好きな台詞が、
夢じゃ、めしは食えねえよ
「真田丸」の撮影全てを通して感じ、北条氏政の辞世の句だと信じて疑わなかった言葉が、
愛を信じるかい?
相反する矛盾したワードが、僕が最も好きな大河ドラマで得た言葉です。この自己矛盾との葛藤は、役者である僕が表現のゴールとして目指している、理性と狂気と思想の三つどもえによる役作りに繫がっています。
1998年から鬱を発症して、亡くなるまで完治することがなかった父を見てきて、あることを知りました。多くの方の助けを得てやらせて頂いた、リハビリライブ。そこで父は元気な頃から好きだった山口百恵さんの「秋桜」を、鬱の中で歌いました。声には力がなく、ところどころ掠れていましたが、明らかに元気な頃より深みが増しており、心に迫ってきました。つまり、鬱で弱ったことにより輝きを放つ表現もあるのだと、僕は気づいたのです。芸能界という、他人を蹴落とし、強い者だけが生き残る世界で、僕が唯一、それが全てではないと思えた経験が、この父の「秋桜」のステージだったのです。
人生の成功は大事です。お金も大事です。でも人生、それだけではない。それでもやっぱり、人生、成功させなければ何もできない。お金だって必要です。どちらの方向も大事です。
はっきりしろ、と怒られそうですが、この矛盾こそが人間である証なのかもしれません。
長々と支離滅裂に書いてきましたが、要するに僕がこのエッセイを書いたのは、大変おこがましいのですが、還暦を迎えるにあたって、誰かの助けになりたいと考えたからです。そして、もし誰かの助けになるとしたら、それは僕の「経験」を語るしかないと、やっと分かったからです。
還暦間近で、やっと分かったことがやたらと多いのですが、なぜか今は、還暦祝いをもらったような気分です。その還暦祝いのお裾分け、と言ったら語弊があるかもしれませんが、もし人生に迷っていると感じている方がいたら、ぜひ読んで頂きたい。この本に収められた各エッセイには僕の心に残る、とっておきの言葉たちをひそませてあります。父・高島忠夫、母・寿美花代、藤山寛美先生、矢沢永吉さん、アントニオ猪木さん、アルフレッド・ヒッチコック、ココ・シャネル、ヘレナ・ルビンスタイン、そして小林一三先生……たくさんの人達がくれた、僕を𠮟咤し、背中を押してくれた名言を皆さんにお分けします。
僕自身もまだまだ迷いっぱなしです。でも、こうした「経験」と「言葉」を読んでもらうことで、私とあなた、迷える者同士で、母・寿美花代が「私の親戚筋だ!」と豪語してやまない小林秀雄さんの名著の題名であるところの、「考えるヒント」を見つけられるかもしれない。
そう願って書いたのが『おつむの良い子は長居しない』の20のエッセイです。
そして、最後に僕からも皆さんへ「言葉」をひとつ。
人生という名の「冷蔵庫」の中には、まだまだ食べられる物が残っていて、それらは、温めればいつでも美味しく食べられる。
あなたの中に眠っているものを見つけ、どうか人生を豊かに生きていって下さい。応援しています。
髙嶋政伸拝
(たかしま・まさのぶ 俳優)



