書評
2026年7月号掲載
「本物」が描く小説に、秘の「輪郭」が宿す
伊藤祐靖『邦人拉致─その時、自衛隊特殊部隊が生まれた─』
対象書籍名:『邦人拉致─その時、自衛隊特殊部隊が生まれた─』
対象著者:伊藤祐靖
対象書籍ISBN:978-4-10-351993-5
題名を目にしたからして、胸の奥で何かが動いた。
続いて目次へと視線を走らせると、そこには読む者の想像力を鋭く刺激する言葉が静かに並んでいる。
私は思わずニヤッとした。
──あの深淵なる世界を、書ききったのか。しかも、容易に触れることの許されぬ領域にまで、筆を沈ませたのか。
本文を開く前にして、私はすでに“伊藤祐靖ワールド”の磁場に捕らわれていた。
そして読了の瞬間、深い息をついた。著者はすべてを書ききっていたのである。
世に溢れる同種のフィクションの多くは、作家の想像力のみを燃料として駆動する。しかし本作はその類と、根本から一線を画す。理由は明快だ。
「本物」が筆をとっているからである。
著者は、日本初の自衛隊特殊部隊「SBU」(Special Boarding Unit=海上自衛隊特別警備隊)を創設した、紛れもない当事者である。物語の起点は、199X年3月、能登半島沖の日本海。北朝鮮の工作船が日本の領海を侵犯し、海上保安庁の巡視船が追跡に入るという衝撃の速報が日本中を駆け抜けた。
だが工作船は信じがたい速力で逃走し、巡視船は引き離される。それを海上警備行動を命じられた護衛艦「みょうこう」が引き継ぎ、漆黒の闇の中で警告射撃を繰り返しながら追い続けた末、工作船は突然停船した。乗員から急遽編成された“制圧”チーム。しかし彼らは重武装した敵船への突入訓練など一度も受けたことがなく──。
著者はその時、「みょうこう」の艦上にいた。だから記憶にすべてが刻まれている。本作品の一字一句に、その記憶が宿っている。
フィクションと銘打ちながら、読者は漆黒の日の海へと静かに誘われ、「本物」だけが描き得る世界の中で、興奮と真摯な緊張感を同時に味わうことになる。
本作のもう一つの深みは、著者が現役時代に得てきた数多くのレリーフを紹介するにとどまらない点にある。
作品の中で登場する多くのシーンは私たちが知っている有名な事件や出来事ではある。著者は、それら事件や出来事の裏側に、ある陰謀の影を忍ばせる。その影は物語全体に漂い続け、読者の理性に心地よく問いかけてくる。
そして「拉致」という深淵に、著者は静かに降りてゆく。国民的悲劇として長らく日本人の胸に刻まれてきた拉致事件──その巨大なテーマを前にして、現役の時代に国家機密とともに生きることで研ぎ澄ましてきた洞察力を持つ著者だからこそ、読み手は奇妙な感覚に囚われてゆく。そして、ある言葉を頭で繰り返すようになる──この物語は、実はこれまで著者が封印してきた秘めたる事実の「輪郭」ではないかと。
しかも「本物」でしか描写できない世界にいつの間にか没入してしまう自分にも気づかない。難解な専門用語でさえ、今、そこに自分がいて、目の前で聞いている錯覚に陥らせるアイテムとなってゆく──。そしてまたしても思う。フィクションであるはずがないと。
著者とは、幸運にも直接お目にかかる機会を得たことがある。その折に強く印象づけられたことがある。
著者の語彙の中に「NO(ノー)」という言葉が存在しないことだ。それは単なる寛容さや、和を重んじる気質からではない。
いかなる難問を投げかけても、著者は間髪入れずに、無理のない論理で、完璧な「完全なる答え」を返してくださった。安全保障の核心に触れる問いにおいても、然りであった。
特殊部隊を創設し得たがゆえの才能か──そう思いかけて、すぐに考え直した。そのような才能を持つ人間だからこそ、特殊部隊を創ることができた。順序は逆なのだと。
その「完全なる答え」を導く力は、本作の登場人物たちにも脈々と受け継がれている。幾多の苦境において、彼らは苦悩しながらも決断する。そこにこそ、“伊藤祐靖ワールド”の真骨頂がある。
最後に是非、付け加えたいことがある。
私が目次を見てほくそ笑んだ、もう一つの理由がある。この種の世界を愛する読者ならば、登場人物たちの背後に実在の人物の影を見出すはずだ。その静かな発見もまた、本作を読む悦びの一つである。
(あそう・いく 小説家)



