書評

2026年8月号掲載

ローマの片隅に微かな幸福を探して

ジュンパ・ラヒリ『ローマ物語』(新潮クレスト・ブックス)

ヤマザキマリ

対象書籍名:『ローマ物語』(新潮クレスト・ブックス)
対象著者:ジュンパ・ラヒリ、中嶋浩郎 訳
対象書籍ISBN:978-4-10-590210-0

 ローマは古代、たくさんの属州民たちが暮らす街だった。巨大な経済を動かす帝国の中枢ローマを支えていたのは、属州などから労働力として連れてこられた人々だが、労働者だけではなく、多くのギリシャや北アフリカ出身の作家や歴史家といった文化人たちもローマへ移り住んで創作活動を続けていた。そんなローマの都市性は、二千年を経た現代もほぼ変わらない。アメリカからローマへ越してきたインド系アメリカ人であるジュンパ・ラヒリも、異国の民としてローマに暮らす教養人のひとりである。
 そして私もまたイタリアに暮らす異国の民である。最初は単なる美術学校の留学生だったが、就学ビザが継続できなくなったときには、身元引受人をつけて移民局で滞在許可証を申請し、しばらくの間東南アジアやアフリカ、中東からの労働者たちと同じく、移民という扱いになっていた時期もある。その後は国際結婚をして北イタリアの街で暮らしているが、立場は違えどイタリアにおける私の異国民としての生活は現在も進行中であり、どんなにイタリアに馴染んでもアウェイの感覚が抜けることはない。ラヒリの『ローマ物語』を読んでいると、そんな私の寄るべない潜在意識を反映しているような人物がたくさん登場する。
 ラヒリの『ローマ物語』が刊行される70年ほど前に、戦後のイタリア文学を代表する作家アルベルト・モラヴィアが同名の本を出しているが、この作品は、戦後のイタリアの有様をあらゆる角度から、あらゆる味付けで切り取った短編集であり、ローマという街に暮らす人々が不条理な社会とともに生きている様子が描かれている。ちなみにラヒリはアメリカに暮らしていた頃から、モラヴィアの『ローマ物語』を愛読していたそうだ。
 ただ、イタリア人であるモラヴィアの洞察する戦後のローマと、異国人であるラヒリの目に映る現代のローマには当然だが大きな違いがある。ラヒリ版『ローマ物語』の登場人物たちは名前もなければ年齢も不明だし、それぞれの出自も国籍もわからない。しかしそうした人物一人ひとりの生きかたには、どこか今日きょうを生きる私たちと重なるものがある。
 頼る人もなく一人暮らしをしながら詐欺の危機に遭う未亡人。出稼ぎのために子どもを故郷に置いてきた移民。ローマへ休暇に訪れる豊かな教養と財力を持った先進国の寂しい外国人たち。紛争から逃れてきた子沢山の難民一家。人間に対し期待も諦めも失い、悲しみすら厚い瘡蓋となってしまいながら、まだどこかに微かな幸福の気配を求める人々。情に厚い人々の、無気力と無関心。
 ラヒリの視線は治安の悪い地域から裕福な人の別荘までローマの隅から隅へと満遍なく行き渡り、あらゆる立場の人々の心情を、彼らの性格に見合う文体で表現しながら丁寧に引き出していく。アジア人と思しき慎ましい召使いの女性が心でつぶやく言葉は、抽象的かつシンプルな文章で表現され、かたや作家を生業としているらしい既婚者の中年男性が、パーティーで出会った女性に抱く妄想を描いた短編では、気だるさの中でも微かに沸き立つ恋愛感情に適したリズムと温度感で表現されている。中東らしき紛争地域からローマにたどり着いた一家の話では、住む場所も奪われ、将来の見通しも立たずボロボロになった夫の胸のうちが、飄々とした一人称で語られる。イタリア語の原文も読んでいるが、こうした細部まで行き届いた翻訳をされた中嶋浩郎さんの卓越したセンスには感動するばかりだ。
 これまでもラヒリのイタリア語による作品の翻訳を手掛けてきた中嶋さんは、かつてフィレンツェ大学で日本語の教師をされていたが、同じ頃、私は地元の店でアルバイトをしながら美術学校に通う貧乏な留学生だった。彼とは当時から続く唯一の知り合いである。中嶋さんは私が勤める貴金属店を時々覗いては、窓越しに手を振って、イタリアでの異国人としての奮闘を励まし合った。ボストンの大学でルネサンス文化を専攻していたラヒリが初めてフィレンツェを訪れたのも、ちょうどその頃である。
 イタリアとイタリア語にすっかり惚れ込んだラヒリが、イタリア語による表現をここまで可能にしてしまった才能と努力には脱帽するが、この先も彼女は、いにしえのローマで活躍したカルタゴ人の小説家テレンティウスやギリシャ人の歴史家プルタルコスたちのあとを引き継いで、異国の民としての視点を生かしたイタリア文学の名作をいくつも残していくはずだ。

(やまざきまり 漫画家・文筆家・画家)

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