書評

2026年8月号掲載

助手であり助言者

畠中恵『おにがわらう』

吉田大助

対象書籍名:『おにがわらう』
対象著者:畠中恵
対象書籍ISBN:978-4-10-450733-7

 江戸有数の大店・長崎屋の若だんなと、見た目は人間そのものな妖たちによる人情噺にして推理劇。
 累計一〇〇〇万部を突破した、日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作から始まる畠中恵の「しゃばけ」シリーズが二五周年を迎えた。最新刊となる第二五作『おにがわらう』は、人と妖が共存して会話するにぎやかさはもちろん健在ながら、人のみならず妖も持っているしゃばけ(娑婆気=俗世間における、名誉・利得などのさまざまな欲望にとらわれる心)を見つめる視線が、過去作よりも濃ゆくなっている。夏の読書で、内側からひんやりしたい人には特におすすめだ。この巻から読んでも問題なく楽しめる。
 一話完結型の物語が、全五話収録されている。第一話「てあそび」の書き出しの一文は、〈気がつくと江戸で、とんでもない異変が続いていると、噂が走っていた〉。
 病弱でいつもながらに病床に臥せっている若だんなの一太郎は、長崎屋に居候している、屛風のぞきや小鬼たちが持ってくる噂話に耳を澄ませている。そこへやって来たのが、この日が初対面となる化け狐だ。「若だんな、私は赤月と申します。昨日、神田を歩いていたら、悪い狐として、人から拳固で殴られました。助けて下さい」。人間には見えない、聞こえないはずの妖の存在を受け入れてくれる若だんなは、妖界に名を轟かす良き相談役なのだ。一連の訴えを聞いた屛風のぞきの抱く疑問が、このお話の核をなす。「あのさ、日の本には狐がいるもんだ。昔っから、そうだよな。なのに何で今、人が狐を悪く言うんだろ? 今更、人を化かすからと、狐を殴るなんて、変だよな」。
 なぜ今、江戸で狐の悪い噂が巻き起こっているのか? 冒頭で解くべき謎が明示され、さあこれから一緒に掘り下げていきましょう、とミステリーのスイッチが入る瞬間が心地いい。病弱ゆえに安楽椅子探偵とならざるを得ない一太郎は、動けない自分の代わりに、妖たちに調査を依頼する。人間や妖の知り合いにも文を出したところ、狐に関して語りたいことがある、と長崎屋へ参上する者らが次々やって来て……。そこから始まるのは、狐を巡る想像力の見本市だ。確かに日本人は狐が好きだなぁと思いながら読み進めていたら、集まった数多くの情報の中から重要なものを見抜く(例えば、狐の噂は江戸のどのエリアで語られているか?)、一太郎の手腕が頼もしい。
 冒頭に謎が明示される第一話とは異なり、第二話「みょうやく」の冒頭で提示されているのは、状況設定だ。ある日、熊吉という男が「天台烏薬」なる不老不死の薬を持って現れた。薬種問屋として江戸で一番の信用がある長崎屋で売ってくれないか、と言うのだ。人間と妖が共存する世界だからこそ、押されることとなった太鼓判がこのお話のキーだ。その薬は、手代の仁吉(正体は、万物を知るといわれている妖・白沢)によれば、どうやら本物なのだ。そんな薬が売り出されたら、江戸の世が大きく変わってしまうのではという理由から、一太郎は販売を断る。だが、なんと競合店で売り出されてしまい……。
 不老不死の薬が、二百両を出せば買えるとしたらどうするか。この特殊な状況設定が、普段は奥深くに眠らせている人間の欲を炙り出し、狂わせる。果たして、不老不死はいいことなのか? 見た目は人間そっくりでありながら、人間とは異なる価値観を持つ妖の証言が加わることで、議論が深みを帯びていく。安楽椅子探偵としての一太郎にとって、妖は依頼人であり助手だ。と同時に、人間からはなかなか出てこない意外な視点から、人間や世界の真理を探るヒントを与えてくれる助言者でもある。本シリーズの特色である、一太郎と妖たちの会話の賑やかさは、読んで楽しいだけでなく、意義がある。
 表題作に当たる第三話「おにがわらう」は、妖サイドの欲を綴ったお話だ。湯島天神の境内で歌舞伎の興行をする「宮地芝居」で、鬼役の蒼鬼が人気を博していた。実は蒼鬼は、本物の鬼。その人気と名声を聞きつけた他の鬼たちが、自分たちも人間界で暮らしたいと言い出して、てんやわんやの大騒動が始まる。第四話「なんでどうして」ではある丸薬の所有権を巡って妖たちのトーナメント戦が勃発し、最終第五話「ばけねこ」は再びミステリーに変貌、殿様の毒殺未遂事件を巡る謎と意外な真相が紡がれた。
 幼少期から病弱で死を意識しながら生きてきた一太郎の中には、一度きりのこの人生をどう使うべきか、という問いが宿っているように感じられる。一太郎にとって妖たちは、その問いの答えを導くための助手であり助言者でもあるのだ。その感触もまた、本巻には色濃く出ていた。また、本巻には、シリーズの今後が気になって仕方なくなる趣向も凝らされている。最終第五話で、妖の特殊能力により一太郎の未来の姿が垣間見えることとなるのだ。その姿をここで明かすのはネタバレに過ぎるが……期待が膨らむものであった、とだけは記しておきたい。

(よしだ・だいすけ 書評家)

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