書評
2026年8月号掲載
大嫌いな「高校野球」について書こうと思った理由(わけ)
広尾晃『高野連』(新潮新書)
対象書籍名:『高野連』(新潮新書)
対象著者:広尾晃
対象書籍ISBN:978-4-10-611130-3
2024年の正月、筆者はある大学で講演を聞いていた。壇上では甲子園で多くの勝利を挙げた「名監督」が、選手育成の苦労や、甲子園での秘話、優勝の喜びなどを語っていた。「よくある自慢話だな」と聞いていたら、質疑応答の時間になって、隣に座っていた山崎夏生が立ち上がり大声で「あなたが在任中に起こった暴力事件については、何も言わないのか!」と言った。「いいことばかりじゃなくて、そういうことも話すべきではないのか!」。180cmを優に越える山崎の舌鋒は迫力満点だった。くだんの名監督は不意打ちを食らったようになってしどろもどろの答弁になったが、その最中に大学の講義終了を告げるチャイムが大音量で鳴って、騒然とした空気の中で、講演会はおしまいになった。
その夜、筆者は山崎と居酒屋で酒を酌み交わした。山崎は1982年にパ・リーグ野球審判員になり2018年まで審判員、規則委員会委員を務めた。退任後はアマチュア審判、さらに文筆家としても活躍している。筆者より少し年長で、旧知の仲ではあったが、彼がこれほど気骨のある人物とは知らなかった。
筆者はこのとき、自分なりの「高校野球」について書くべきではないか、と思った。そして曲折を経て『高野連』を書くに至ったのだ。
本書の「おわりに」に書いたが、筆者はある事件がきっかけで「高校野球」が大嫌いになった。野球のライターになっても、指導者、高野連について常に否定的な意識を心の中に持っていた。しかし、取材を続けていくうちに、高校野球の「問題点」は、総本山である「日本高野連」や「指導者」に帰結するのではなく、それを取り巻くメディアや学校経営者、さらには後援者、ファンにまで及ぶのではないか? と思うに至った。日本高野連はむしろ「社会が大きく変化する中で、高校野球を存続させるために、時代の波に必死に抗っている」という印象だ。
その歴史を調べていくと、佐伯達夫という「稀代のやり手」が、今に至る「高校野球」の基本的構造から「精神」までを構築していたことが分かった。時間の経過とともに、その「佐伯イズム」が時代にそぐわなくなり、今の桎梏を生んでいる。そういう図式も見えてきた。「DH制」「暑さ対策」「7回制議論」など、高校野球をめぐる議論は、今も喧しいが、こうした問題は歴史的な文脈で考えるべきではないか? そうした視点で書き進めた。
本書には「甲子園の名監督」はほとんど出てこない。「自慢話」は皆無だ。その代わりに高校野球に情熱を燃やす無名の学校、指導者がたくさん出てくる。そういう「高校野球の本」だと、ご承知おきのうえ、お読みいただければ幸いだ。
(ひろお・こう ライター)


