対談・鼎談

2026年9月号掲載

特別対談

いや、ご機嫌伺いに来ただけなんですけど

筒井康隆 × 矢作俊彦

91歳の「笑犬楼」氏と76歳の「元?」ハードボイルド作家。稀代の曲者老獪作家二人が久々に顔を合わせたら──。

対象書籍名:『筒井康隆、九十歳のあとさき―老耄美食日記―』
対象著者:筒井康隆
対象書籍ISBN:978-4-10-314537-0

ハードボイルドは終わったのか

筒井 わざわざ遠くまでありがとうございます。作家と話すのは久しぶりなので、楽しみにしていましたよ*1

矢作 東京では紙飛行機が届くほどのご近所だったのに、一度もお見かけすることのないまま越してしまわれて。──でも、お元気そうで何よりです。先日も、文學界の読みきり連載*2を読ませていただいて、腰を抜かしそうになりました。そのお年であの枚数を毎月とは、──

筒井 もうお察しでしょうが、あれ、あなたの『マイク・ハマーへ伝言』のタイトルを盗んだんだ(笑)。

矢作 お膳立てからして、ハードボイルドを目論んでいるみたいに読めたんですが、いったいどうされたんです?

筒井 昔、殺しがいっぱい出てくるストーリーを思いついていたんですよ。やっぱり主人公の名前も今回と同じ〈犬丸邦彦〉で。それを最近になって思い出して、「あれを書いてなかったな」と。

矢作 「邦彦」はやはり大藪さんの伊達邦彦*3からの引用ですか?

筒井 まったくそうじゃないです。一作目を書いてみたら、邦彦のお父さんも出そうと思いついて、連作になるなと思ったんです。もう一作、「WHO?」というのももう書いていて、三部作になるんです*4

矢作 この手の小説で探偵の父親が出てくるって珍しいですね。しかも同業者で妙に穏やかで、読んでいて逆にスリルを感じるほど和やかで。

筒井 父親的人物がその息子的人物を殺すというのが怖いんです。だからその逆に、仲の良い親子を書いた。佐分利信が社長役で部下の木村功を殺して、最後は佐分利も殺される「悪徳」って映画があったけど、ああいうのは怖いんだ。

矢作 ざっくりハードボイルドと言っちゃうと、ふたつの意味が混同されますよね。ひとつ目はお馴染み、拳銃とマティニとファムファタール、もはやアメリカの古典芸能とでも呼ぶべき西部劇の進化系、フィルムノワールも呑み込んだ一大ジャンルのことですね。こっちは雰囲気物だから何でもいいんだ。ハードボイルドなタッチとかハードボイルドにやりまくるとか。ふたつ目は文体、というか文芸の一手法。ヘミングウェイの氷山理論ですね。氷山が海の上に出ている八分の一を描くことで、海面下の全てを語るってやつ。でも筒井さんの文体は、ことに『虚航船団』以前の語り口はハードボイルドだったじゃないですか。

筒井 あの手のスピードがあって、余計なものを入れない文章は結局ハードボイルドになっちゃうんだ。若い頃、おれはヘミングウェイの文体に影響を受けたけど、厳密にいえばあれはハードボイルドじゃない。でもハードボイルドに影響を与えてはいる。

矢作 それは意外だな。長嶋茂雄は野球選手じゃないって言われたぐらい虚を衝かれた。

筒井 おれがヘミングウェイを厳密にはハードボイルドではないというのは、たとえば『To Have and Have Not』(『持つと持たぬと』)で、洋上のヨットで金持ちの有閑マダムがオナニーする場面を〈意識の流れ〉の手法で書いているよね。突然そんなのが出てくるのは面白くはあるけど、いわゆる神の視点で書かれた普通の小説だからね。

矢作 神の視点じゃなくて、カメラの視点なんですよ。神とともにあるお言葉じゃなくて写真に添えたキャプション。彼が世界一達者だったのはグラビア雑誌の戦争レポーターですからね。文学する時もそうなんだ、きっと。

筒井 でも、その人物の考えていることも書くというのは、やっぱり神の視点で、昔ながらの普通の小説のスタイルです。ヘミングウェイはフランスで女流評論家のガートルード・スタインに「失われた世代ロスト・ジェネレーション」とか言われて認められて、それで舞い上がっちゃった。彼女は意識の流れとか前衛的手法をすごく評価していたから、影響されちゃったんだよ。

矢作 なるほど、確かに『持つと持たぬと』は奇妙な小説で、見た目はホレス・マッコイやハドリー・チェイスばりにハードボイルドしてるのにあちこち壊れている。最後に孤高の男=ハリー・モーガンが「人間ひとりじゃ何にも出来ない」なんて国際連帯を訴えちゃうし。おっしゃる通り、ジョイスばかりか、ドス・パソスやヘンリー・ミラーにまで目配せしているフシもある。全体、『ユリシーズ』みたいに、地獄巡り的な古典を下敷きにしてる気配があって、気にはなるけど、失敗には違いない。──思うに手段としてのハードボイルドは、短編じゃないと上手くいかないのかもしれないですね。「二つの心臓の大きな川」なんか凄いですから。真夏にかき氷を食べたみたいに、こめかみがキンッとしますよ。でも、それももう終わりです。「男だけの世界」だなんて、タイトルを口にしただけで今の世の中、手が後ろに回っちゃう。男も暴力も非情な文体も残らず「白い象のような山々」に押しつぶされちゃったんですよ。表現しようとした世界がなくなっちゃったから。もう、時代劇みたいなものです。

筒井 でもヤクザの世界はまだあるよ、現実に。企業舎弟とか。特に神戸は(笑)。

矢作 そっちはもっと前に終わってたと思いますよ。ヤンキーなんてものが現れたときに。あるいは半グレとか。彼ら、男は売り物にしてないですから。やくざ自身も暴力で渡世するような時代じゃなくなった。だって、漫才師がバカとかアホとか言って、相方の頭を叩けない時代ですからね。

筒井 それはまだいるんじゃない?

矢作 テレビではもうダメです。漫才師が女子アナを口説いただけで大騒ぎになるし。ぼくや筒井さんが書いてきたことを今やったら即労働矯正所ですよ。

筒井 ちょっと前までは森繁が女優を口説くのは普通のことで、山口智子まで口説いて大騒ぎになったんだけどね。

矢作 そういう時代と共にハードボイルドは去ったんです。川谷拓三が映画館で撃たれて地下の便所で死ぬようなことはもうない。

筒井 それ、あなたとタクシーに乗って銀座へ向かってたとき、途中下車して連れていかれそうになったことがあったよ。「そこのビルに川谷拓三が死んだ便所があるから観に行こう」って。おれは嫌だったんだけど。

矢作 喜んでいたじゃないですか。

筒井 いや、喜んでない。あなたが言っていることには喜んでいたけど、だって別にそこで川谷拓三が死んだわけではないから(笑)。

矢作 でも、いかにも死にそうな場所だったでしょ? 階段を下りてきた川谷拓三が撃たれて、便器に頭を突っ込んでゲロ吐いて死ぬ。実に素晴らしいじゃないですか。

筒井 外国映画でも階段を転げ落ちてトイレで死ぬのはあったな。フィルムノワールの……歳とると思い出せないなあ。

矢作 「戦艦ポチョムキン」だなんて言わないでしょうね。トイレに顔突っ込んで人が死ぬ映画なら、まず今村昌平「豚と軍艦」です。最近だったらチョウ・ユンファ。香港の湾仔ワンチャイのレストランに、いかにもチョウ・ユンファが死ぬような便所があるんだ。ここに来る前、ちょっと新開地に寄りましたが、あそこの映画館もそんな便所がありそうでよかったな。たぶんまだ和式でね。

筒井 聚楽館だな。和式じゃなきゃできないって人がおれの年代にはいたな。

矢作 ヨーロッパでも、イタリアやフランスにはあの形の便器が昔は結構あって、金かくしもついてないんです。足元に穴が開いてて、両脇に足を乗せる台があって、しゃがんでする。すると四隅から水が出てきて穴にバーッて流していく。

筒井 中国には今もあるんだろうね。ドアすらない。

矢作 イタリアで知り合いの知り合いに爵位持っている人がいて、彼の家に招かれたら、トイレの個室が六坪くらいあって、やっぱり真ん中に穴が開いている。で、水瓶をもった天使の像が取り囲んでいて、用を足すと水瓶から水が流れてね。あれはすごいイベントだったけど、あそこで人は死なないな。死ぬとすればジェームズ・ボンドくらいだ(笑)。

  • *1 近刊『筒井康隆、九十歳のあとさき─老耄美食日記─』にあるように、筒井さんは二年前から頸椎損傷のため車椅子生活を余儀なくされ、夫人と施設に入居中。それまでは神戸と東京を行き来する二拠点生活だった。
  • *2 「殺し屋はデトロイトから来る」(「文學界」6月号に掲載)、「サム・スペードによろしく」(同7月号に掲載)。
  • *3 大藪春彦の『野獣死すべし』などの作品に登場する主人公。
  • *4 「文學界」8月号に掲載。

初めて会ったのは高校生の頃

矢作 ともあれ、ハードボイルドはおしまいです。書き散らかしたものくらいはまとめておこうと思ってきたけれど、筒井さんのお仕事ぶりを拝見していると、つくづく自信を失くします。最近文章が読めなくなったし、まったく集中力がなくなった。子供の頃からの多動性障害がひどくなったみたいで、近頃はキーボードの前に座っていられないから仕事にならない。

筒井 よく書いてきたじゃない。だから三島賞だってあげたんだし。

矢作 それ、二十年くらい前ですよ*5

筒井 でも年をとるとそれが普通なんじゃないかな。

矢作 そうですね。七十五歳ですから。

筒井 それはまだお若いですな。あなたと会ったのは、震災の時に神戸に来てくれたのが最初?

矢作 もっとずっと前、ぼくが高校の頃ですよ。市ヶ谷の東京洋服会館でSF大会があったとき、参加していたぼくらにお菓子を差し入れに来てくれたでしょう? どうせ子供をたぶらかして自分の本を買わせようとしたんだろうけど。

筒井 それはおぼえてないなあ。ましてそれが後の矢作になるなんて、わかる訳がない(笑)。はっきりおぼえているのは、あなたの『気分はもう戦争』(大友克洋氏との共作、1982年)をおれが大江健三郎のいる席で褒めたことがあってね。大江さんに「NATOの了解の元にソ連が中国に攻め込む漫画なんだ」って説明したら、「それは大いにありえますね」って。ちなみにこのアイディアもいただいちゃって、『歌と饒舌の戦記』を書いたんだ(笑)。

矢作 ぼくもいろいろいただいてますから。筒井さんの『東海道戦争』とか。一度、『日本人以外全員』というのを考えたんですよ。アメリカ人だのオーストラリア人が、日本に「鯨を食うな。頭のいい高等生物を食っちゃいかん!」と言ってくる。それに窮して「頭が悪けりゃ高等生物でも食っていんじゃね?」と思いつき、ついに日本人はアメリカ人を食べるようになる。その後いろいろあって、日本国首相の密命を受けた法善寺横丁の板前が、包丁一本持ってホワイトハウスへ仕入れに向かうところで終わり。

筒井 純文学なら書いても構わないんじゃない?

矢作 そっちは門外漢だからなあ。まあ、どっちだって門外漢なんですけどね。「バブリング創世記」とか「マグロマル」とか、たとえ何文学だろうと、あれはすごかった。二十四、五のころラジオドラマを作っていて、あれをタモリ一人にやって貰ったことがあるんです。サッチモ風に旧約聖書をスキャットしたかと思うと、浄瑠璃語りで銀河一僻みっぽい宇宙人の妬み嫉みを歌いあげて、──それはもう大笑いでした。今では絶対に放送できませんよ。それをハナモゲラ語で誤魔化したら、FM東京が気づかずに流しちゃった。

筒井 ブラックユーモアというのは、言っていいか悪いかのスレスレのところに意味があるんだけど、それが通じる時代だったね。

矢作 延々とうんこを食べてブリア=サヴァランみたいに食レポをする宇宙人の話があるじゃないですか*6。あれはさすがに怒られました。放送はしちゃったけど(笑)。

  • *5 『ららら科學の子』で2004年に受賞。
  • *6 「最高級有機質肥料」。

退屈を飼いならす?

矢作 ここは静かですね。神戸のお宅から遠くもないのに。やっぱり故郷はいいですか。

筒井 こっちにいると東京に行きたくなるし、東京にいると故郷が恋しくなる。この夏、二年半ぶりに東京に行くんですよ。谷崎賞の選考会でね。こっちに移ってきて選考会を二回休んだんだけど、候補作は読んでいて、「今回はこれがいいな」と思った小説が二回とも受賞した。だから読み方はズレていないと思うし、選考会に出ればよかったな。選考料もらい損ねた(笑)。

矢作 こちらの、震災の後お訪ねしたお宅はもうないんですか?

筒井 垂水の? まだありますよ。東京の家もある。大きな声じゃ言えないけど、東京の家が値上がりしてるんだよ。あのあたりは誰も売らないから余計上がる。

矢作 あの家の玄関のあたり、飛び石の分くらいぼくに分けてください(笑)。

筒井 いやだよ。

矢作 売って金にして、それを元手に何かした方がいいですよ。ここでは退屈してるんじゃないですか?

筒井 退屈はしょっちゅうしています。

矢作 退屈と闘っているんですか。

筒井 闘ってもいないけどね。アマゾンプライムとU-NEXTでだいたいの映画は観られるし。

矢作 そのうち観たいものがなくなっちゃいますよ。ぼくはもう観たいものがなくなりました。

筒井 それは観てきた量が違うんだ。おれは働きざかりの頃にあまり観てなかったからね。

矢作 確かに、人が死んで拳銃が火を噴く映画、映画だけじゃなくて映像はほとんど観ちゃいました。だから退屈だけが泡みたいに残ってる。

筒井 こっちはこれまで飯食う時にテレビの洋画劇場を観たりするくらいだったから。フィルムノワールなんて観てないのがたくさんある。この施設に入ってから集中的に観てますよ。

矢作 日活も含めて、フィルムノワールがたくさん配信されるようになって家で簡単に観られるようになったのは大したものです。あまりよくない作品も多いけど。

筒井 どうにもならないような映画だって、やっぱりアメリカのフィルムノワールは違う。B級といっても日本のとは段違いですよ。役者も脚本家も層が厚いもん。

矢作 それは今でもそうです。

筒井 喜劇映画をつくるために、制作会議で出席者に「ギャグを言ったらひとつ5ドルやる」って言ってまわってたっていうんだから。

矢作 昔、ニューヨークで漫画の原作を売ろうとしたことがありました。向こうには一コマ漫画のアイディアばかりを扱ってるエージェントがあって、つまり「無人島に美女でひとつ」とか「火事で二階に取り残されたやつで笑いを取れ」とか、お題が出されて、いいアイディアを持っていくと50ドルなり100ドルなりで買ってくれるんです。彼らはそれを漫画にして、全米いたるところの新聞や雑誌に売っていくわけですよ。そんなエージェントに持ち込んで来るやつらが何万人といる。テレビドラマだって、向こうはアイディアマンが何十人と集まって考える。男が女とベッドで寝ているところに女房が帰ってきたってシチュエーションで、どうやって笑わせるかを何十人の人間が知恵を絞る。日本なんて、徹夜明けのあんちゃんが一人でチクワの天ぷら弁当でうんうん唸りながら書いているわけだから、そりゃ太刀打ちできないですよ。

SFと純文学の相克

矢作 話は戻りますが、結局、今はハードボイルドに興味があるんですか?

筒井 そうでもないんだけどね。いま書いているのが文体も含めてハードボイルドだから、映画もそっち方面をつい見てしまいますね。

矢作 文体としてもジャンルとしても、もう終わっていると思うけどなあ。それぞれ理由は別だけど。そこいくと三島由紀夫はすごいですね。文章で読ませちゃうんだから。全集は四十二巻もあるんですよ。レーニン全集とほぼ同じ巻数。しかもレーニン全集はビラとか檄文とか目次まで入れて、やっとその数なんだからね。しかも、ほぼ外れがないし。

筒井 おれ、三島嫌いなんだよね。エンタメと純文学を区別して書いていてね。

矢作 なんでも書けるところを見せたかったんじゃないですか。手塚治虫と同じでしょう。そこがすごいなと思う。でも筒井さんは『美しい星』を評価していませんでした?

筒井 あれはね、おれが評価しなきゃ仕方なかったの。SF作家が軒並みあの作品の悪口を言うんだもん。このままだとSF作家がみんなパージされると思ったんだよ。

矢作 筒井さんがそういう恐れを感じたというのは、1960年代から1970年代にかけてのSFがどれだけ継子扱いされていたかの裏返しですよね。ミステリーの方がまだマシに扱われてた。

筒井 それでゲットーみたいになったのもよくなかった。『美しい星』だって、純粋SFとして真面目に批判しちゃうから、いよいよ差別されるわけです。

矢作 当時のSFの作家に安部公房はどう受け止められていたんです?

筒井 安部公房だけは仕方なく、わからないなりに評価するって感じだったな。

矢作 倉橋由美子は?

筒井 おれは読んでいたんだけど、おそらくSF作家は倉橋さんを読まなかったんじゃないかな。話題になった記憶がない。みんな、「あれは純文学だから」って読まない傾向があったからね。

矢作 ぼくらの世代はそんなひがみ根性みたいなのはないなあ。

筒井 倉橋由美子は僕にとっては神様みたいなもので、「対談してくれ」と言われた時も、恐れをなして断っちゃった。

矢作 おいくつぐらいの時ですか。

筒井 三十代ですかね。それから僕のお芝居を見に来てくださって、その時お話したけれど、やっぱり畏れ多くてあまり話せなかった。大江健三郎だって、『同時代ゲーム』が日本SF大賞の候補になったとき、他の選考委員は「SFじゃないから」ってけちょんけちょんに言ってました。そのころはもう世界的にSFも純文学もごちゃまぜになっていて、おれもそう思っていたんだけど、他の連中はそうじゃなかった。

矢作 でも『百年の孤独』は出ていたんだから風向きは変わってたでしょう。

筒井 ガルシア=マルケスにしろ、カルペンティエールやバルガス=リョサにせよ、最初はそんなに受け入れられたわけではなかったんです。老大家で「こういう地域の作品を評価するというのは、日本の後進性を表している」なんて言うやつがいたよ。だからこの間出た『百年の孤独』の文庫に解説を書かせてもらったのはおれの勲章なんだよね。

パーティで「殴ってこい」!?

筒井 いま思い出したけど、あれはいつだったかな、銀座の「眉」って文壇バーでおれや吉行さんが飲んでいたら、奥の方であなたがいて──。

矢作 だからそれは違うって! 前も言ったんだけど。

筒井 あなただよ、絶対。吉行淳之介に喧嘩売ったんだよ(笑)。

矢作 そんなこと、するわけない。

筒井 あなた以外にいないよ、あんなことする人。

矢作 おれの名前を騙った変なやつじゃないですか。横浜にいたんです。ロータスのエスプリに乗ってて、──

筒井 でもおれはその記憶を大事にしたいね。いかにもあなたらしいもん(笑)。

矢作 だいたい筒井さんはぼくのことをずっと高校生だって思ってるでしょう? 谷崎賞のパーティで、筒井さんが別の賞を受賞した売れっ子作家を指さして、「あいつ、税金対策で銀座に通ってるんだ。それで女に囲まれて、生意気だからお前殴ってこい」って。ぼくはあの時もう五十を越えていたんですよ。

筒井 そんなこと言ったか?

矢作 言いましたよ! それで彼のところまで行ったけど、まさか殴るわけにはいかないから「矢作と申します、握手してください」って握手して帰ってきた。

筒井 覚えてない。

矢作 「行け行け」とうるさいから、行って握手して帰ってきたら、見ちゃいないんだよ。それで知らないふりして、「お前誰だ?」だって、──

筒井 おれはそんなこと言った覚えない。

矢作 それはひどいな。

筒井 そうだ、家内が彼のファンで、パーティに行く前に伝言を頼まれたんだ。だから、おれは「家内がファンです」って自分で言ったよ。

矢作 噓だ! それをぼくがやったんですよ。

筒井 最近、彼の原作の映画も配信で見たよ。面白いね。

矢作 急に褒めてる(笑)。

筒井 おれもまた映画に出たいね。車椅子に乗ってる役なんかないかね。

矢作 探偵役はどうですか。元鬼警部。

筒井 それは二番煎じになるからなあ。

矢作 今度東京に行かれるときは、値上がりしている原宿のご自宅に帰るんですか?

筒井 車椅子だからホテルだね。電動車椅子の訓練もしていて、「危ない」って言われるけど最高時速6キロだからね。もし人とぶつかったとしても大したことにはならないでしょう。立つ練習もしていて、タクシーに乗り移るくらいはできます。

矢作 夜のトイレとか危ないですよ。

筒井 うん。おれは薬が効いている時にそれで転倒して、頸椎やられちゃって車椅子になったんだから。

矢作 ぼくは腰椎のなんとか狭窄症でしてね。足の裏がしびれて、太腿の筋肉がへたって、今や時速4キロくらいでしか歩けない。電動車椅子より遅い。

筒井 まだいいと思わなきゃ。自力で歩けるんだから。

矢作 じきにテスラが自律運転の車椅子を出しますよ。筒井さんの“お紺”みたいにセクハラOKのやつを。

(つつい・やすたか 作家)
(やはぎ・としひこ 作家)

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