書評
2026年9月号掲載
今月の新潮文庫
いまこそ宇野千代のマインドセットで
宇野千代『悪徳もまた』
対象書籍名:『悪徳もまた』
対象著者:宇野千代
対象書籍ISBN:978-4-10-102705-0
恋に生き、仕事に生き、波乱に満ちた九八歳の長寿をまっとうした宇野千代は、小説を書くかたわら日本初のファッション誌「スタイル」を創刊するなど、女性実業家の一面も持っていた。チャーミングな人柄が感じられる人生訓・恋愛論で人気を博し、アフォリズムも得意だったので、もし時代が違っていればSNSを使いこなしてたびたびバズっていたかもしれない。例えば〈愛とは関心をもつこと。手入れが必要である。手をかけない愛は枯れる〉なんて、現代の読者にも充分に刺さる警句ではないか(『恋愛作法』より)。
とりわけ最晩年は、『私何だか死なないような気がするんですよ』というキャッチーな表題の随筆集からも見てとれるように、天衣無縫でかわいらしい「国民のおばあちゃん」としてのイメージが彼女にはあった。だが没後三〇年となるいま、彼女の名を知る人は少なくなりつつある。宇野千代とはいったいどんな作家だったのか、あらためて再評価が必要なのではないか。
そんな折、宇野をモデルとするNHK連続テレビ小説の放送にあわせ、多分に自伝的要素の盛り込まれた『悪徳もまた』の文庫が、復刊とあいなった。現在の価値観で読み直しても、これがめっぽう面白い。
表題作において、明治三〇年に保守的な土地に生まれ、すぐに生母を、そして一四歳のときに家父長制の権化のような放蕩無頼な父親を亡くした「私」は、まだ若い継母や弟妹の生活のために自立を急ぐ必要があった。一六歳ではじめてお白粉や口紅で化粧を施した際、町の人々からの驚嘆のまなざしを感じる。若く美しい女であることの価値を、自己認識した瞬間だ。だが、〈何れにしてもこの変化は、私を仕合せにはしなかった〉。その姿で教師として教壇に立ち、不可避的に男に言い寄られ、アクシデントのようにあるいは自ら望むようにして身体の関係を持ったことが赤裸々に綴られる。
女性の権利も自由意思もないがしろにされたあの時代にあって、女性が自分に責任をとるとはどういうことか。「私」は、婚外での性交渉について被害者意識を表出せず、どことなく客観的かつドライに回想してみせるのだ。〈私の感情はそのことを全く忘れている〉。こうして、自分がそれまで歩んできた道──父の超克も苛烈な恋愛の落とし前も──を後悔なしに全肯定する、強くポジティヴな女性の姿が立ち上がってくる。
一〇歳年下の作家、北原武夫とのながきにわたった結婚生活の終焉を描いた「もう一度結婚を」も、同様である。相手を恨まず貶さず否定せず、協働して刊行していた「スタイル」誌の廃刊と事業の破綻の顚末がたんたんと語られる。
戦後の日本の復興と西洋文化への憧憬は複雑に絡みあって人々の力となっていったが、そこでも宇野は自身の美意識を貫徹し、パリを自作のきもので闊歩したり、シアトル(本文中はシャトル)できものショーを開いたりと、欲望に忠実に行動をおこす。だが会社は倒産。その負債の清算のため、北原は通俗小説を量産することになる。
完済後に北原から離縁を突きつけられ、ひとりで再起をはかった「私」はこう述懐する。〈二つの仕事があるから、私は生きて行けた。もし、きものを作らなければ、ものを書く仕事の根が枯れたかも知れない。(中略)どちらも、はじめにはなかったものを、私が作り出す仕事であった。創作であった〉。クリエイティヴであることが、彼女のアイデンティティを支え、過去を悔やむことなしに前を向かせたのだとよくわかる一節である。
そこには空元気や虚勢の色がまったくなかったとはいえないかもしれない。げんに北原が家を出る際の荷造りに関して、こうも吐露している。〈少しでも辛いと思うことは、自分の方から進んでその事をすると、案外辛さを感じないで済むものだ〉。情緒的な涙も自己弁解も退けつつ、精神の自由をたっとぶ女性像が見えてくるのではないか。
本書から感じとれる宇野千代という人の神髄は、ここにある。辛かったことは認めつつ、恨まない。過ちから目をそらさずに、その失敗をも肯定する。もしいまの若い人たちが(若者だけに限らないかもしれないが)、失敗することを怖がるあまりに臆病になり、他人の目と評価を気にするあまりに欲望を自制しがちな傾向にあるのだとしたら、いまこそ宇野の著作を読むといいだろう。いい意味で空気を読まない、多方面にラディカルな姿に、きっと勇気づけられるはずだから。
(えなみ・あみこ 書評家/京都芸術大学教授)




