対談・鼎談

2026年10月号掲載

「新潮文庫の100冊」特別対談

小説に〈正解〉はあるのか

小川哲 × 宮島未奈

発売30分でチケット完売、時代を席巻する二人の作家の初対談!

対象書籍名:『君が手にするはずだった黄金について』/『成瀬は信じた道をいく』
対象著者:小川哲/宮島未奈
対象書籍ISBN:978-4-10-106971-5/978-4-10-106142-9

今となっては後悔してる

宮島 今日は本屋大賞10位コンビですね!(※『君が手にするはずだった黄金について』は2024年本屋大賞第10位、『成瀬は信じた道をいく』は2025年同賞の第10位となった)

小川 でも『成瀬は信じた道をいく』(以下『成信』)は10位でも、その前に『成瀬は天下を取りにいく』(以下『成天』)で1位を受賞されているので、一緒にするのは申し訳ないです。ただ、本屋大賞の1位は別格ですが、2位から10位は売れ行きとしてはあまり変わらないと思うので、10位って結構おいしいんですよね(笑)。

宮島 最初から危ういことをおっしゃいますね。

小川 宮島さんは、1位と10位という、本屋大賞のいちばんおいしいところを両方受賞しているわけです。

宮島 初めて言われました。

小川 上から目線のようで恐れ多いのですが、『成信』を読んで、宮島さんが小説家としてどんどんでかくなっているのを感じました。もちろんデビュー作の『成天』もすごく面白いんですけど、シリーズものって、だんだん書くのが難しくなってきますよね。こういう形式の短編はもう書いたな、とか、この雰囲気のものはもういいかな、とか、選択肢が狭まってくる。

宮島 どんな人物がいたら主人公の成瀬が最大限に生きるかと考えながら書くのですが、新しいキャラクターを生み出すのが次第に大変になっていきましたね。

小川 これは僕の持論ですが、同じような話を書いてもいいんですよ。書く側はどうしても気になりますが、読者の方はそこまで覚えていません。でも宮島さんは短編ごとに全然違うキャラクターを通して成瀬という人間を描き出すというチャレンジングなことをしている。

宮島 私としては『成天』一冊で完結する想定だったんです。成瀬の幼馴染・島崎が大津を離れて、最もドラマチックな結末にしたつもりでした。でもシリーズ化するとなると、島崎がいないのは痛手です。後悔してます。

小川 漫画編集者に聞いたことがありますが、「(週刊少年)ジャンプ」の連載って、最近は『鬼滅の刃』のように人気絶頂のうちに連載を終えて、単行本も二十数巻くらいで短めに完結するケースも出てきましたが、本来の正統的な終わり方は、展開が尽きて、人気も落ちて、ダイジェストみたいな最終回を迎えるという、「燃え尽き型」だそうです。成瀬シリーズのそんな終わり方も見てみたかった気がしますが、『成信』に続く『成瀬は都を駆け抜ける』(以下『成駆』)で三部作を絶妙なバランスで完結させた形ですよね。

宮島 私は燃え尽きたのですが、シリーズとしては綺麗に見えていたら嬉しいですね。

噓を紡ぎ出す職業

宮島 小川さんの『君が手にするはずだった黄金について』(以下『黄金』)は、小川哲という小説家が主人公ですよね。「ご本人なのかな」とどうしても思うじゃないですか。フィクションとノンフィクションのあわいを漂うようにして読むのがすごく楽しかったです。

小川 連作短編集で、断続的に「小説新潮」に掲載されたものと書き下ろしを収録しているのですが、いちばん最初に書いたのは二編目の「三月十日」なんです。そのときは主人公は「僕」で、名前は書いていませんでした。他の短編で名前を明らかにする必要が生じて、じゃあ「小川哲」にしようと。宮島さんがおっしゃるように、いろんな読み方をしてもらえるかなと。

宮島 本当の話ですか、ってめちゃくちゃ訊かれません?

小川 訊かれますね。厳密に検証していけば作中の小川と僕のあいだには矛盾があるのですが、僕だと思って読んでもらっても、それはそれでいいかなと思います。

宮島 会社で働くのがどうしてもいやで小説家になった、というのは実際の小川さんと共通していますか? 私もそうなので、共感して……。

小川 そうですね。アルバイトとかしていても、職場に嫌な奴がいると耐えがたいじゃないですか。四十年そいつと一緒に働くとか無理ですよね。今日聴きに来てくださった皆さんはきっと嫌な奴に耐えて働いているのに、こんなこと言ってすみません(笑)。

宮島 『黄金』で特に好きなのが、三編目の「小説家の鏡」です。友人の妻が心酔している占い師に、「小川哲」が乗り込んでいく話。「占いなんてインチキじゃん」と切り捨ててしまえばそこで終わってしまうところをそうはせず、対峙して徹底的に対話を繰り広げるところがすごい。

小川 「小川哲」は占いをインチキだと思っているんですが、小説家として「噓」を紡ぎ出す自分と通じるところがあるのではないか、と感じ始めます。自分が忌み嫌っている対象に、実は自分と通じるところがあるのではないかと、執筆当時よく考えていたんですよね。

ハッピーエンドを保証する

宮島 ご自身の創作について書かれた『言語化するための小説思考』を読んで思ったのですが、小川さんは小説に正解があると考えていますか? 私はわりとその傾向があって、執筆していて迷ったときに、展開Aと展開Bだったらどちらが得点が高いかという尺度で決めることが多いんです。

小川 この言葉についてどれくらい説明するか、とかは読む人の属性や認知にもよるので絶対的な正解はないでしょうけど、自分の小説を読んでくれている読者の方だったらこのくらいだろう、とある程度明確に感じることはありますね。宮島さんの言う「正解」はもっと強いものですか?

宮島 たしかに、正解/不正解というよりは、得点の高い/低いかもしれません。私の場合、結局「ベタ」がいちばんだなという実感があります。新しいことをやるよりも、ベタで安心して読んでもらいたい、という。

小川 読者の方が、その作品を読んで安心したいのか、知らない場所に連れて行ってもらいたいのか、どちらの需要が多いかといえば、やっぱり「安心」のほうかもしれませんね。わけのわからないものを読みたいという人もいるでしょうし、自分もそう思うときがあるんですけど。

宮島 小川さんも最近ハッピーエンドを心掛けていると先ほど控え室でおっしゃっていて。

小川 「リンカーン・ライム」シリーズなどで知られるジェフリー・ディーヴァーが『クリスマス・プレゼント』という短編集のまえがきで、「ぼくは厳格な作法を固守している。(中略)結末では、(中略)かならず善が勝利する」と書いていたんです。読者は時間とお金と感情を多大に費やして読んでくれたのに、苦々しいラストを提示するのは申し訳ない、と。ただし長編では、という断り付きではあるのですが。短編ではその縛りを外して好きに書いているそうです。僕としては結構衝撃的で……。ディーヴァーの長編を読んでいて、主人公がどんなピンチに陥っても「でも結局助かるんだろ」とハラハラ感が半減してしまうのではないかと心配になったのですが、あえて保証することの大切さも感じました。

宮島 私も、今後暗い話を書くこともあるかもしれませんが、成瀬シリーズをこれだけ多くの方に読んでいただいている以上、少なくとも今は明るい話を書いていきたいんですよね。

小川 福本伸行さんの麻雀漫画『アカギ』は、もともと『天 天和通りの快男児』に登場する天才雀士・赤木しげるの若き日を描くスピンオフとして発表されたのですが、『天』を凌駕するほどの人気作品になりました。『アカギ』では赤木が自分の血液や片腕を賭けて麻雀するのですが、『天』には50代になった赤木が登場しています。だから青年の赤木が死ぬはずはない。死なないという安心感のなかで、でもこんな絶体絶命のピンチを一体どうやって切り抜けるんだろう、という最大限のハラハラ感を味わわせてくれるんですよね。一人の天才がドーナツの空洞のように中心にいて、その周りを描いてゆく。この構造は成瀬にも通じるところがありますよね。

宮島 そのお話で思い出したのですが、『成駆』で成瀬が入院する場面があって、「成瀬が死んでしまうのかと思った」という読者のお声をいただいたんですよ。そういう読み方もあるんだ!とびっくりしたのですが、完結編となると、そういうことが起きたっておかしくないわけですよね。

こんなふうには生きられない

小川 僕、宮島さんの小説ってかなり特殊だと思ってるんですよ。

宮島 どんなところがですか?

小川 めっちゃ最短距離なんです。場面が展開するときって、その作家の特徴が如実に出ると思うのですが、宮島さんはあれこれ説明せずに、いきなり場面が変わるんです。例えば、登場人物たちが「学食に行こう」と話したら、次のシーンではもう彼らは学食で食事しながら話してる。学食の描写や道すがらの会話はないんです。

宮島 言われてみれば、まったく意識していなかったです。書きながら「もう話が終わっちゃったなあ」っていつも思ってたんですよ。その理由がいまわかりました。

小川 成瀬も最短距離のキャラクターじゃないですか。無駄なことは一切言わないし、目的に一直線でしょう。小説の在り方とキャラクターのそれが完璧に嚙み合っているんですよね。無駄がないという点は宮島さんと成瀬の共通点でもあるのかな。

宮島 自分では、成瀬とは全然似ていないと思っているんですよ。「こんなふうには生きられないな」という視点で出発して書いているので。

小川 逆に、自分と通じるものがあるなというキャラクターはいますか?

宮島 「やめたいクレーマー」(『成信』)に登場するクレーマー主婦・呉間言実はちょっと自分に似ていますね。

小川 クレーム入れるんですか?

宮島 言実と同じく「お客様の声」を書いたことはあります。細かいことが気になってしまうタイプですね。

小川 細かいことが気になるのは小説家の性分ではありますよね。成瀬はまっすぐな人ですけど、実は意外と斜めな部分もありますよね。例えば、ネット上の悪意に対する解像度とかすごく高い。高校生までスマホも持ってなかったのに、「ぼきののか」(『成駆』)の配信がどうやったら盛り上がるかについて、天才的に勘がよかったり(笑)。

宮島未奈

宮島 たしかに。普段YouTubeを見ていないはずなのに。

小川 「まっすぐ」にもいろんな種類があって、僕はむしろ島崎のほうがまっすぐだと感じます。成瀬は、眩しくて憧れの存在であると同時に、自分のなかにもどこか成瀬的な部分を見出しながら読んでいますね。そういう人が実は多いんじゃないかな。

宮島 たしかに、「成瀬に似てるって言われます」という読者さんは結構いますね。

小川 成瀬が素晴らしいのは、クレーマーの呉間や、とんでもない噓をついているののかのことも、決して否定しないんですよね。これはすごく難しいバランスで、よくない言動を否定しないことで、成瀬の見え方もおかしくなる危険がある。ののかのしたことと成瀬の反応が、読者に嫌悪感を抱かせないギリギリのラインを守っていて、それが見事だなと思いましたね。

九百字で必ず展開を作る

小川 宮島さんは、これからこういう作家になっていきたい、こういう作品を書きたい、というような展望はあるんですか?

宮島 いやあ……小説を書くのは大変だなあと日々感じているので、逆にモチベーションを保つにはどうしたらいいか、伺いたいです。

小川 僕の場合は作品ごとに新しい課題を自分に課しています。出来なかったことが出来るようになると小説を書くのがどんどん楽しくなってくるんですよ。書けるものが広がるので。

宮島 それはいいですね。9月に刊行される『オルロージュ』の課題は何だったんですか?

小川 初めての新聞連載だったので、毎回必ず何らかの展開を作ることを目標にしました。新聞連載の一回の分量って九百字くらいなんですよ。その日新聞を読んだ方に「何も起こらなかったな」と思わせたら申し訳ないと思って、毎日物語が動き続ける小説にしようと。若者たちがベンチャーを起業する話にしたのも、事態が目まぐるしく展開し続けるのではないかと思って。

宮島 一足先に読ませていただいたのですが、すごく面白かったです。

小川 宮島さんも9月に新刊『ギャルにひかれて寺マルシェ』を刊行されます。ギャルのお坊さんが寺マルシェを盛り上げていく話で、成瀬とは全然違うキャラクターなんですけど、成瀬シリーズが好きな方は絶対に好きだと思う。

宮島 成瀬シリーズについていろんな読み方に触れてきましたけど、今日はこれまでには言われたことのないような分析の数々で……。小川さんの言語化能力はやっぱりすごいですよね。人前で話すお仕事もたくさんされてるじゃないですか。疲れませんか?

小川哲

小川 事前に原稿を用意しなければいけない単独の講演会とかはお断りしてるんですけど、準備せずにただ行けばいい仕事はお受けすることが多いですね。人前で話す仕事のときに大事なのは、反省しないことです。あとから振り返って「あんなこと言わなきゃよかった」とか思わない。

宮島 なるほど。

小川 小説家なので、喋りが巧くなっても意味がないんですよ。小説を評価していただくからこそ、喋る場にも呼ばれるわけなので。M-1で言えばネタが大事なんです。フリートークはおまけのようなものでしょう。ネタ=小説で勝負すればいいんです。そう思えば喋りで失敗しても気にならないです。

宮島 すごく気が楽になります。

小川 いちばん怖いのは、小説を書くのが嫌になることですね。この先も楽しんで書いていきたい。宮島さんも楽しんで書き続けてほしいです。

宮島 ありがとうございます。頑張って書き続けて、またお話しできたら嬉しいです。

(2026年8月8日 紀伊國屋書店新宿本店にて)

(おがわ・さとし)
(みやじま・みな)

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