書評

2026年10月号掲載

わたしもこうありたい

宇野千代 藤江淳子 小林庸浩ほか『新版 宇野千代 女の一生』(とんぼの本)

南沢奈央

対象書籍名:『新版 宇野千代 女の一生』(とんぼの本)
対象著者:宇野千代/藤江淳子/小林庸浩ほか
対象書籍ISBN:978-4-10-602314-9

 ふと、今は亡き祖母のことを思い出した。いつだってお化粧をちゃんとして、洋服にも気を遣ってお洒落だった。わたしは祖母が持っている服、時計やアクセサリーに憧れて、似たようなものを真似して買い、亡くなったときには祖母の服を何着かもらった。今年ちょうど十三回忌を迎えるが、今も大切にその服を着ている。本を読んだり、俳句を詠んだり、麻雀をしたり、編み物をしたり。好奇心旺盛で、よく笑って、輝いている人だった。
 本書を開いて宇野千代さんの姿を追っていたら、祖母に憧れていた気持ちが蘇った。と同時に、何度自らを省みたことか……。女としての生き方を見つめ直し、背筋が伸びる。やっぱり、自然体でお洒落な人ってかっこいい。
 宇野千代さんといえば、この秋から始まるNHK連続テレビ小説「ブラッサム」で主人公のモデルとなり、現在また注目が高まっている人物だろう。ヒロインは石橋静河さんで、後年を加賀まりこさんが演じられる。本書ですっかり千代ファンになったわたしから見ても(偉そうにすみません)、お二人ともイメージにぴったりで、楽しみで仕方がない。
 明治30(1897)年、山口県の岩国生まれ。作家、着物デザイナー、編集者、と仕事においてマルチな才能で人を惹きつけた。それだけではなく、三度結婚するなどたくさんの恋をしたり、広く深い交友関係を築いていたり、人としての魅力に溢れていたことが窺える。本書は、そんな宇野千代の98年の人生を、「暮らしのスタイル」「料理」「着物」「ファッション誌『スタイル』」「家宝」「本のデザイン」と、彼女を形作る重要なエッセンスで切り取り、美しい写真の数々とともにその輝きに触れていくことのできる一冊となっている。
 千代さんの身だしなみに対する考えは、女としてハッとさせられることが多かった。昭和初期の馬込文士村で誰よりも早く断髪にして物議を醸したというエピソードは耳にしたことがあったが、今までそこで抱いていたのは、意志やこだわりが強い印象。“これと決めたらこれ!”というような。それも間違いではないのだが、今回ヘアスタイルの変遷を見て驚いた。まぁコロコロと髪型が変わる。固執しない、その潔さ。そして晩年も変わらず、毎朝の化粧は欠かさず、週一で美容院へ通ったという意識の高さ。本書の中にたくさん登場する千代さんの写真を見ても、すべてが“オン”状態で感動すら覚える。オフの姿が一切ないのだ。中学時代からずっと変わらずショートヘアで、なるべく化粧をしないで過ごしたいと思っているわたしには、「自分のためだけにするのではなく、自分に接する人の眼に気持ちよく映るようにするもの、お洒落は人としての義務」という言葉はグサリと刺さった。
 こだわりを持ちながら、固執しない。これって実は相当難しいことだ。自分というものがある上で、柔軟で居続けること。新しい文化や価値観に出会うたびに、自分に取り入れて変化し続ける姿に、わたしもこう在りたいと思わされる。こういった、一見相反するものを両面持ち合わせているのが千代さんの人間としての面白みであり、凄さだ。36年間秘書として生活を共にした藤江淳子さんによるエッセイで語られる「凝り性だけど、飽きっぽい」一面や、故郷の味を大切にしている一方で「発明料理」を楽しむ様子、着物を愛しながら当時いち早く洋服も着こなした姿、たくさんの恋愛を経験して小説にも心の機微を描き出した人なのに情緒に流されない性格……しなやかな感性と芯の強さが見える。
 そんな千代さんが残した作品の数々は、実に生命力に満ちている。千代さんがデザインした着物、特に本人が愛した桜の模様のものはどれも圧巻。ビジュアル本である本書の最大の見どころと言ってもいいかもしれない。故郷岩国の錦川河畔の桜並木と、川面に散りかかる花びらから着想を得てデザインしたという訪問着「万朶の桜」は、写真を通して見ただけなのに、その美しさに、思わず涙が溢れてしまった。シンプルなのに圧倒的な美は、時代が変わろうと色褪せることはないだろう。
「自分の心に秘めた、ほんとうの仕事」と本人が断言する文学では、もっともっと泥臭く、命を削るように向き合い、一字一句に生命力が吹き込まれている。文芸評論家の保昌正夫さんによる千代の人生の足跡を辿る章で、10年の歳月をかけて書き上げた『おはん』、最後の夫である北原武夫との別れを描いた『刺す』以降、〈自分の根源を掘り出すような小説を立て続けに執筆する〉とあるように、父の面影を追ったものや自伝体の小説に取り組む。すべての経験を血肉にし、書けても書けなくても毎日机の前に座り続け、85歳で『生きて行く私』に到達するのだった。
 宇野千代のように、お洒落に美しく、人生に花を咲かせていきたい。現代に生きるわたしたちも追いかけるべき存在である。

(みなみさわ・なお 俳優)

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