対談・鼎談

2024年4月号掲載

『あいにくあんたのためじゃない』刊行記念鼎談

実話のタネが芽吹いたら

柚木麻子 × Rachel & Mamiko(chelmico)

ラップがつないだ特別なおしゃべり。ネタバレ必至(!)の創作裏話やサイドストーリー満載でお送りします。

対象書籍名:『あいにくあんたのためじゃない』
対象著者:柚木麻子
対象書籍ISBN:978-4-10-335533-5

柚木 Rachelとは出会ってから10年くらいになるよね。

Mamiko(以下、M) 10年前だと、二十歳ぐらい?

Rachel(以下、R) そうです。二十歳になる年で、そのとき、マミちゃんとは既に友達でした。

柚木 しばらく会わない期間があったんだけど、「chelmicoチェルミコ」として二人でデビューした話は聞いていました。その後、月に1回、持ち回りで誰かの家を開放するというオープンハウスをうちでやったときにRachelが来てくれて、子どもの面倒を見てくれたりしたよね。

R すごく楽しかったから、コロナでなくなってしまったのが寂しかった。

柚木 コロナと言えば、すっかりみんなと疎遠になってしまったある日、出かけた先でちょっとしたトラブルがあって。それで『あいにくあんたのためじゃない』の中で最後に書いた「スター誕生」のストーリーを思いついたんです。

M 実話ベースだったんですね(笑)。

柚木 その時は自分の主張を受け入れてもらえず悔しかったんだけど、私が言ったことがラップみたいに韻を踏んでいたら面白い、これを小説にすれば憂さも晴れるかも、と思って。でも全く韻が踏めず、韻の踏み方を習いたいと知り合いに言ったら、Rachelとvalkneeちゃんを連れてきてくれたの。

M Rachel、ワークショップで先生をやってたしね。

R それは柚木さんに教えてからずいぶんあとのこと。その時はまだ韻の踏み方を教えたことはなかったから、難しかった。教えながら自分も「あ、そうやって踏んでるんだ」とわかって勉強になりました。

柚木 二人が教えてくれたのが、あいうえおの五十音の表を頭に貼って、「あ」の横の字が「あ」と同じ韻の言葉になるから、それを覚えるということ。最初は必死に書き出していました。

R ちゃんと役に立てたのなら嬉しいです。初めのうちは母音とか子音の話をしても、ぴんときてないみたいだったから。

M 私たちだけで普段、作詞するときは、韻とかあまり意識しないもんね。とりあえず文章を作ってから韻を踏んでいるっぽく流す。その流れが身体の中にない人には説明しても伝わらないから、教えるのは難しいです。

柚木 あと「ん」は魔法の言葉で、困ったら「ん」を使えばいいというのがめちゃめちゃ刺さった。

M 「ん」は全部で韻を踏めるから、語尾を「ん」にしておけば自然と踏むことになる。

R やっぱり言葉で説明するのは難しいんですけど、ラップを聞いてみるとわかると思います。

柚木 その二つで、韻の謎が解けたように感じました。

実話から創作へ

M この本は6作が入った短篇集ですが、私は「トリアージ2020」が好きでした。

柚木 これも実話ベースなんです。中学生のころにレジオネラ肺炎にかかって呼吸器をつけていたとき、本が好きなのに本を持てなかった。だからドラマをずっと見ていて、ドラマにめちゃめちゃ詳しくなった。そのときのことと、友達のシングルマザーがコロナ禍で一人で子どもを産むことを決めたときのことを合わせて、ストーリーができました。たまたま私の母の家が友達の家と近かったので、母が彼女を心配して、色々差し入れをしようかと言い出したんです。

R 私もコロナ禍での出産だったので、主人公の不安な気持ちがすごくわかりました。小説と同じで手づくりの料理は避けられる中だったけれど、温かみがある話でよかった。

M 作中のドラマもすごく見たくなりました。

R ディテールがすごかった!

柚木 キャストも決めています。架空のドラマだけど、ちゃんと考えておこうと思って。

M テレ東とかでやってほしい。

柚木 オープニングやタイトルのフォント、グッズまで考えてる。

M&R そこまで!

柚木 「商店街マダムショップは何故潰れないのか?」も実話をヒントにしています。コロナ禍で、どの業界もダウナーになっていた時期、有名ブランドで働いている友達だけがすごく盛り上がっていて。「店頭に立てないのになんで?」って聞いたら、「お金持ちにとっては、このコロナ禍はただ単に退屈なだけなの。だから、店員とZoomでしゃべることを何よりの楽しみとしていて、この50万円のトランクで、コロナが終わったら旅行に行ったらいいじゃないですかって薦めたら買ってくれる」と言っていて。Zoomで1日300万円ぐらい売っていると聞いたんです。

M すごい。

R お客さんとのZoomがあるんだ?

柚木 その友達の話を聞いているうちに、有名ブランドの商品でも捨て商品みたいな、ダサいものもあるということを知ったのですが、コロナ禍ではそれすらも売れる。そこでマダムショップの話ができていきました。

M コロナ禍のお話が多いですよね。

柚木 書いていた時期が重なったのと、逆説的に、人のつながりを感じることが多かったから。

R 「パティオ8」の住人同士のつながりは、うらやましいなと思いました。

M 「パティオ8」に出てくる家も、モデルがあったんですか?

柚木 はい。低層マンションで、バブル期にドラマで流行ったような、ぜいたくなつくりの家です。

M 私は物件を見るのが趣味で、似たようなマンションを知っています。

柚木 だけど、「パティオ8」と違って、現実はコロナ禍で住人が引越しをせざるをえなかったり、苦い結末なんです。住人たちがみんなハッピーになればいいなと思って書いた部分もあります。

物語はどこまでも(※ネタバレ注意)

R 「めんや 評論家おことわり」では、登場人物が過去にSNSで顔を晒されて傷ついている描写に、ちょっと悲しくなっちゃった。原因となった佐橋が仕返しもされるんだけど。

M その仕返しをやり切った後に、みんなが佐橋におのずと興味を失うシーンが、めっちゃ怖かったです。

柚木 「パティオ8」も「めんや」も復讐ものだけど、復讐ものって最後、一抹のむなしさが残るじゃないですか。

R そうですね。

柚木 だから、復讐はされたけれど、いい未来が待っている予感のある結末になるといいなと思って。

M 佐橋にも、救われる未来がほんのり見えるのがいいですよね。

柚木 実は「めんや」には私の中では続きがあって、小説の舞台となるラーメン屋「中華そば のぞみ」の先進的な取り組みのドキュメンタリーを、Netflixでずっと撮ってるんです。1時間20分ぐらいのドキュメンタリー。

R リアルだなー。

柚木 そこに佐橋の事件も入っていて、佐橋が懺悔するというところまでがセット。その懺悔がアメリカ人の一部に受けるんです。弱さを吐露するアジア系男性が新鮮で。それで佐橋はアメリカのフードを食べてコメントする仕事を得て渡米するの。

M なるほど、ワールドワイドに!

柚木 ラーメンしか知らない、あのドキュメンタリーのヒールの佐橋が、ホットドッグとかを食べるという小さい番組を持たせてもらって、多民族国家の中で時にものすごくきつく怒られたり、ひどい目に遭ったりもするんだけど、1年が経つころ、彼は生まれ変わるんです。それまでは、ボコボコにされると思うんですけど。佐橋は佐橋で今後、海外で仕事が広がる。

R 救われてよかった(笑)。

柚木 「BAKESHOP MIREY’S」の話の続きも考えていて。

M えー?!

柚木 ラストで秀実と安西さんの焼いたケーキを未怜が非常においしそうに食べたことにより、うまくいっていなかった3人の仲が復活してLINEグループを作るんです。でも秀実が街を去ると、結局未怜はベイクショップを開くためのケーキを焼くのが面倒くさくなって、夢と違うことを言い出したりしちゃう。だから安西さんは友達として、かつての秀実みたいな遠慮はしないで、未怜をビシビシ叱って。

M 確かに、未怜は秀実より安西さんのほうが、相性がいい気がするかも。

柚木 二人はいがみ合いながらも、安西さんのつてで未怜のバイト先を見つけてあげたり、安西さんの留学の資金が貯まらないことを未怜がたまに励ましたりとかして、つながりは途絶えない。そこに時々、東京の素敵なお店の情報を秀実がLINEグループに上げると、未怜が行きたいと言って、安西さんはその前に開店資金を貯めろと言い返して、そういうやりとりをずっと続けるけれど、友達関係は途切れない。

R そんな続編があったんだ!

M すごくいい、続編。

柚木 「トリアージ2020」の続きもあります。主人公とよこちん、よこちん母が初めて会ったときに放映が発表されたリモートドラマを3人で見て大いに盛り上がって。そうこうするうちに主人公が出産してコロナ禍で厳戒態勢でも、よこちんとよこちん母がガラス越しに会いにきてくれる。さらにドラマの新シーズンが始まり、「ザ・ムービー」もついに!

M 「ザ・ムービー」うれしい!

柚木 豪華な「ザ・ムービー」ができて、3人でポップコーンを食べながら見に行けるという未来もある。

R ああ、よかった。いいですね、その未来。

M 私たちが作詞をするときも日記のような実話ベースだったり、架空のコンテンツを考えたりするので、柚木さんの創作と重なるところがあります。

柚木 私はいつも架空のコンテンツばかり考えてる。「スター誕生」にちょっとだけ出てくるドラマ「ママ友はスナイパー」は、保育園でやっとできたママ友が、もしスナイパーだったらどうしようというところから発想しました。

R それはどうしようとなる(笑)。

柚木 何の仕事をしているかわからないけれど、主人公のママ友がいつもゴルフクラブの入ったケースみたいなものを持っていて、実は中身は銃なの。

M スナイパーだ!

柚木 マフィアの幹部が撃たれたというニュース速報が流れたときに、群衆の中にそのママ友が見えたような気がして、もしかしたら、あのママ友はスナイパーかもしれないと思う。でも子ども同士の仲がいいし、やっとできたママ友だから、主人公は知らないふりをして友人関係を続ける。だけど、ママ友のスナイパーぶりがいろんなところで出てしまうという1時間のドラマです。ママ友二人を演じた俳優は第一線で活躍し続けていて、当時の視聴率はよくなかったけれど、今でも二人のシスターフッドがすごく好きだったと言う文化人がたまにいる。

R 評価のされ方まで考えてる。

M つくり込まれてるなあ。どの短篇もとても面白かったし、今日は実話の秘話や続編の構想まで聞けて、うれしかったです。

柚木 嫌なことがあっても、救われる未来が登場人物全員にある。それが読者の方にも伝わるといいなと思います。

(ゆずき・あさこ 作家)
(チェルミコ ラップユニット)

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