書評
2026年8月号掲載
村上春樹『夏帆─The Tale of KAHO─』刊行記念特集
目が眩むほど眩しい、ゆえに
村上春樹『夏帆─The Tale of KAHO─』
対象書籍名:『夏帆─The Tale of KAHO─』
対象著者:村上春樹
対象書籍ISBN:978-4-10-353440-2
最初に告白する。
わたしは怠惰な読み手で、村上春樹をずっと「いつか読むリスト」に入れたままにしていた。村上春樹はおそらく新刊が出れば日本で一番話題になる作家だ。ハルキストと呼ばれる熱烈なファンが、新刊発売時には徹夜で並ぶ。
翻訳の、それもSFやミステリーやファンタジーという、どちらかというとマイナージャンルを好むわたしからすると、直視してはいけない太陽のような存在だった。太陽は何もしなくても輝いている、だったらわたしは太陽に隠れてしまうかもしれない、小さな、でも美しい星があることを伝える側に回ろう、と思っていた。
それがなぜ『夏帆─The Tale of KAHO─』に限って手を伸ばしたのか。これだけキャリアの長い、そして様々な作品を書いてきた作者の、初の女性主人公(長編では、単独では、といろいろ但し書きがつくが)という点が気になった。
主人公夏帆は二〇代の絵本作家。第一章、知人の紹介で出会った男性に容姿の醜さを指摘されるところから物語は始まる。第二章、夢のお告げで引っ越した先にありくいの夫婦が住み着き、夏帆を巻き込んでいく。第三章、母親が何ものかに入れ替わっていることに気づく。それはブラジルのジャングルから逃げたシロアリの女王だという。最終章、夏帆は実家に戻り母と対峙する。
村上春樹は主人公を女性にしたのは「母親が抱える問題と向き合う」ためだとインタビューで語っている。確かに物語はモチーフを反復させながら、母親との対峙というクライマックスに向かっていく。
しかしそれだけだろうか。
夏帆が女性でなければならなかった理由は。
容姿を指摘される流れは男性主人公では成立しない。作中「女性の尊厳を踏みにじる許しがたく侮蔑的な発言だ」とあるように、女性だからこそ容姿を貶す効果があるとされる。
夏帆を導くのはほぼ男性性だ。メンター役の叔父、いざという時だけ現れるありくいの夫、守護天使を名乗る男、母を屠る刃物を打つ研ぎ屋、闇サイトを調べる友人。夏帆の担当編集は女性だが、物語を進める装置に過ぎない。
物静かで知的な父親を夏帆は慕うが、母親とはよそよそしい。この母親の描写がひどい。「つんと取り澄ましているようないくぶん冷ややかな雰囲気があったから、親密な友だちはそれほどできなかったはず」「世俗的に見栄っ張りなところとか、負けず嫌いなところとか(夏帆の目から見ればほとんどどうでもいいようなことに関して)、何かひとつを思い込んだら融通がきかなくなるところ」。
その母との対話は曖昧で、母という個人ではなく役割が喋っているようだ。母がお洒落をし、外に出るようになったのは性的活動なしには生きていくことができないシロアリの女王に取り憑かれたからだ。彼女自身の欲望としてではなく気味悪い存在に乗っ取られた結果として。不倫云々の是非は置いておいて、五〇代の女性には、性的主体はないのだろうか。それは本人の意志ではなく、醜悪な何かに乗っ取られた状態なのだろうか。
村上作品で度々言及される、鏡のように周囲を映す透明な主人公像は夏帆にも見られる。強烈な意志を持つ人物たちに煽られるように、夏帆は台詞を反復し、進んでいく。これは男性においては個性だ、だが女性においては、作者の意図とは関係なく、従順な女というジェンダーステレオタイプにも読めてしまう。
もちろん意識的な仕掛け、老獪な筆の可能性もある。
村上作品に繰り返し使われるモチーフ、「あるいは」「かもしれない」と曖昧さを含む語り、「やれやれ」と受容する姿勢、あちら側とこちら側、動物や超自然的な導き手、責務や使命、『夏帆』にもその全てがある。
『夏帆』は売れるだろう。約束された安心感があり、心地よい謎があり、深読みの面白さがあり、読み手それぞれの収穫がある。
わたしは村上春樹の挑戦をハルキストほど熱く語ることはできそうにない。ただ一つ確かなのは、この小説を読み終えたあと、あなた自身の中の「夏帆」が、あなた自身の答えを持って現れるだろうということだ。それだけは、太陽のような作家にしかできない芸当なのかもしれない。
(いけざわ・はるな 声優・作家)

